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​​東日本大震災(2011年3月11日)の震源地に最も近かった宮城県の牡鹿(おしか)半島。その付け根に位置する女川町を中心に、半島一帯を取材してまわる記者の出会いの日々を綴ります。老親の帰りを待つ人がいます。幼子の帰りを待つ人がいます。ここに暮らす人々の思いに少しでも近づけますように。──小野智美

第16便 床屋さん夫婦と<4> 土地の売却

5/7/2013

 

 昨年暮れのことです。女川町役場の取材を終え、女川港へ急いでいると、車から妙な音がします。路肩に止めて点検すると、後輪のパンクでした。
 さて、どうしたものか。2キロほど先のバイク店へ向かいました。店主は一目で「ここにクギが」。慣れた手つきでタイヤからクギを抜き取り、10分もたたずに修理は完了。
 そのクギがこちら。大きさを見ていただくのに、本と一緒に置いてみました。
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​ 誰かのおうちの大事な忘れ形見かも。そう思うと捨てられず、今も自宅にあります。
 
 おっ母の言葉を聞いて以来、更地に散らばる建物のかけら一つひとつに思いをはせるようになりました。お茶っこしながら、おっ母はこんなことを教えてくれたのです。
 「土台だってね、愛おしいの。携帯に写真を残しているのよ」
 昨年5月、まだ残っていた床屋さんのお店の土台を私もカメラに収めました。その土台が撤去されたあとの10月、跡地で床屋さん夫妻の写真を撮らせていただきました。新しい町づくりのために、そこにはやがて高さ5メートルの土が盛られます。
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 おっ父は、お店の再建資金を考え、その土地を町へ売ることにしました。
 おっ母が、笑いながらも涙をにじませ、こう語ってくれました。
 「お父さんの気持ちもわかるのよ。子どもたちにも迷惑はかけられない。でもね、自分たちで買って、25年間暮らした土地でしょう。土地があれば、また何かあっても、できると思えた。心のよりどころだった。そこを手放すと聞いたら、さびしくて、さびしくて、夜も眠れなくなってね。それをお父さんに何度も訴えて、怒られてね」
 ところが、おっ父も、売買契約を済ませた後、胸にぽっかり穴があいたような気持ちになったのです。私が仮設住宅に夫妻を訪ねた夜、おっ父は、パック詰めの日本酒をコップにそそぎながら、ぽつりと打ち明けてくれました。
 「なんだかやあ、こう、無性に、さびしくなってさあ」
 
 ここ女川町の人々から「土地を売った」という言葉はあまり聞きません。私が耳にするのは、こんな言葉です。
 「土地も手放した」……。
 
 床屋さん夫妻は、仮設住宅を出たあとの住まいも、長女と孫娘のそばに構えようと心に決めています。今年初め、おっ母は長女たちに「一緒に住みたいね」と言ってみました。
 「えっ?!」。長女と孫娘は同時に声を上げました。
 「あら、なに、その返事は」と思いながらも、息の合った2人の反応に、おっ母はうれしいやら、おかしいやら。同居すれば心配も募って余計な口をはさんでしまうかもしれませんね。スープの冷めない距離から見守っていたい。そう夫妻は思うのです。

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    Author

    小野智美(おの さとみ)
    朝日新聞社員。1965年名古屋市生まれ。88年、早稲田大学第一文学部を卒業後、朝日新聞社に入社。静岡支局、長野支局、政治部、アエラ編集部などを経て、2005年に新潟総局、07年に佐渡支局。08年から東京本社。2011年9月から2014年8月まで仙台総局。宮城県女川町などを担当。現在、東京本社世論調査室員。


    ​*著書

    小野智美『50とよばれたトキ──飼育員たちとの日々』(羽鳥書店、2012年)
    小野智美編『女川一中生の句 あの日から』(羽鳥書店、2012年)
    『石巻だより』(合本)通巻1-12号(2016年)

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