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​​東日本大震災(2011年3月11日)の震源地に最も近かった宮城県の牡鹿(おしか)半島。その付け根に位置する女川町を中心に、半島一帯を取材してまわる記者の出会いの日々を綴ります。老親の帰りを待つ人がいます。幼子の帰りを待つ人がいます。ここに暮らす人々の思いに少しでも近づけますように。──小野智美

第47便 漁師さん親子と<7> アは赤とんぼ   第3話  トナカイさん

8/27/2018

 
 ​2013年10月。
 カキの養殖も手がける漁師さんに「種つけ」を見せていただきます。
 女川町西隣の石巻市渡波で「種つけ」と言えば、ホタテの殻にカキの卵をつけることを指しますが、漁師さんの意味するところはちょっとちがいます。
 ​渡波で買ってきた種ガキの原盤を船に積んで出かけます。
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 原盤は、種ガキがついたホタテの殻です。目を凝らすと、殻の表にも裏にも大人の指の爪ほどの大きさのカキがいくつもついています。生後半年ほどのカキの子どもたちです。牡鹿半島付け根の入り江、万石浦で育ちました。
 「種ガキ」と呼び、「種つけ」と称するところは、畑の種まきを思わせます。
 殻の真ん中に小さな穴が開けてあり、穴に針金を通して原盤を束ねています。
 1本の針金で原盤七十数枚が束ねられています。
 養殖ロープのある所に到着。
 針金を外し、原盤を作業台に広げます。ザラザラと原盤が音を立てます。
 しろうとは、豪快な手さばきに不安を覚え、尋ねます。
 ――種ガキが取れてしまいませんか?
 「大丈夫、ちょうどいい間引きになる」
 「間引き」という表現も、畑仕事を思わせます。
 針金を外した後も、この通り、種ガキは残っていました。
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​ その原盤を1枚ずつロープの編み目にはさみます。
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 ホタテの殻についたカキが大きくなることを見越して間隔をあけ、長さ10メートルのロープに25枚ほどはさみます。その間隔は「適当。大体の勘」。
 これで「種つけ」完了です。
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​ ――ところで、秋が「種つけ」の季節なのでしょうか。
 「春から種をつけると、ムール貝がついて真っ黒になる。びっくりするくらい。震災前よりまるっきり多いね。あと、この時期から入れると、成長がいいから」
 ロープは10年ほど使えるのですが、震災ですべて新調しなくてはなりませんでした。
 種ガキも震災後、値上がりしました。以前は1本650円~700円だったのが、今回は1本2千円。「とんでもない値段になっている」
 そんな話をしているところへ、携帯電話が鳴りました。漁師仲間からです。
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​ 陸が見える近さですから、電波も届きます。
 「種つけ」は震災前、漁師さん夫妻と漁師さんの父親と3人でこなしました。今は1人です。それでも夜明けと同時に始めれば3日で終えられますが、実際はそうはいきません。
 朝夕に末っ子の保育所の送迎があり、日中も保育所から電話がかかってきて「熱を出したから迎えに来て」と言われれば、もう仕事はできません。12年は、末っ子が何度も風邪をひき、そのたびに中断せざるをえませんでした。13年は、末っ子も風邪をひかなくなり、「今年はあと4日で終わる予定」と漁師さんの顔に余裕の笑みが浮かびます。
 そんな話をせっせとノートに書き留めていた私は、目を上げた次の瞬間、あら、何かしら、と急いでシャッターを押します。漁師さんが伸ばした左手の先のロープの端に長さ数十センチのステンレス製の物体が。それをポーンと海へ放り込んでから、反対の右手のロープの編み目に原盤をはさみこんでいくのです。
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 ――そのステンレス製のものは何ですか。
 「フフフ、これは企業秘密」
 思いがけない答えに吹き出してしまいました。余裕があるとジョークも出てきますね。
 「聞かれたら教えようと思ってたんだ。これは重り。種つけしていると、ロープがよれる。どんどんよれるのが、重りがあると、海の中で直っていく」
 ――その重りも売っているものなのですか。
 「がれきの中で見つけたの。まえはパイプを使っていた」
 すべて買いそろえるのではなく、手近にあるものを創意工夫して使います。
 
 13年12月。
 仕事帰りの夜に漁師さんへ電話をかけたその日はクリスマスでした。
 「ちょうどよかった。これからケーキ食べるから」
 まあ。では、お言葉に甘えて、お相伴にあずかるべく寄り道を。
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​ 漁師さんがクリスマスケーキのろうそくに火をともします。
 「トナカイさんの歌をうたって。ほら、赤いお鼻の」と漁師さん。保育所でクリスマスソングを教わってきた末っ子は、父のリクエストに応え、元気よく歌い始めます。「あかい、おはなの、トナカイさんはぁ」。つづけて「ハッピ、バースデー、ツーユー」。
 おお、楽しい。「違う、違う。ほら、赤いお鼻の」と漁師さんも笑い出します。ふたたび末っ子は大きな声で「トナカイさんはぁ。ハッピ、バースデー、ツーユー」。
 ろうそくをともしたケーキの前では、お誕生日のお祝いを歌いたくなりますよね。
 末っ子が、フウッと、ろうそくの火を吹き消します。
 
 漁師さんがケーキを切り分けます。小学生の姉が「チョコは?」。父も「ん?」。ケーキに飾り付けられていたチョコレートが消えています。
 にんまり笑う妹。そのお口の中ですね。
 
 それぞれがケーキのお皿を前にします。
 さあ、いただきましょう。おや。妹はケーキに手をつけません。どうしたのかしらと見ている私に、妹はまた大きな声で「食べてー」。なんと優しいこと。ありがとう。私がケーキを口に運ぶのを見届けて、安心したように自分のお皿に向かいます。
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​ コタツの向こうで中学生の兄は、小学生の姉のスマホをあれこれさわっています。設定を頼まれたのですが、うまくゆきません。姉の表情が暗くなってきました。
 一方、末っ子は「これ飲んでー」。私がマグカップのお茶にも口をつけているか、目を配ってくれます。ありがとう。
 ケーキを食べ終えると、折り紙を取り出し、花を作ってくれます。難しいものをご存じですね。私は、折り紙といえば、鶴しか作れないの。
 「鶴もできるよ」。末っ子も挑戦します。
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 そこへ「いつまで怒ってるんだ」と父が怒声を上げました。設定できないスマホを手に押し黙ってしまった姉を叱っているのです。
 その空気を変えようとするかのように末っ子が「パパ、ほら、見て。できたよー」と鶴を差し出した、その瞬間でした。グシュッ。父は奪い取るようにして鶴を握りつぶし、パッと放りました。末っ子は、ハッとしたように動きを止めます。
 姉はスマホから顔を上げません。
 父は口を真一文字に結び、誰とも目を合わせません。
 お姉ちゃんは、怒っているのではなくて、泣きたいのではないかしら。それはお父さんも重々わかっているのですが、どんな言葉をかけていいのかわからないのでしょう。
 おそらくは父自身も声を上げて泣きたい気持ちを必死に抑えているのでしょう。家族4人でケーキを囲めば、家族7人で楽しんだクリスマスを思わずにはいられません。母と祖父母の不在がいっそう胸に迫ります。それでも、ろうそくに火をともし、クリスマスソングを口にして、父もがんばりました。
 
 兄が自分のスマホから目を上げました。
 おだやかな声で「折り紙は」。
 末っ子が新しい折り紙を渡します。
 のんびりとした口調で「鶴、折ってみよっか」。
 ふたたび、あたたかな空気が小さな部屋を包みこんでいきます。

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    Author

    小野智美(おの さとみ)
    朝日新聞社員。1965年名古屋市生まれ。88年、早稲田大学第一文学部を卒業後、朝日新聞社に入社。静岡支局、長野支局、政治部、アエラ編集部などを経て、2005年に新潟総局、07年に佐渡支局。08年から東京本社。2011年9月から2014年8月まで仙台総局。宮城県女川町などを担当。現在、東京本社世論調査室員。


    ​*著書

    小野智美『50とよばれたトキ──飼育員たちとの日々』(羽鳥書店、2012年)
    小野智美編『女川一中生の句 あの日から』(羽鳥書店、2012年)
    『石巻だより』(合本)通巻1-12号(2016年)

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