運転に疲れた僕にかわって国境までは妻が運転することに。 思えばそこが分岐点でした。 車内では旅の思い出話で盛り上がり、直前まで不安すら感じないまま国境ゲートへ。 アメリカからカナダへ入るには、高速道路の料金所のような感じのゲートに一台ずつが入り、 パスポートの提示とカナダ滞在の理由や滞在日程など、簡単な質問を受けます。 ほとんどの車は何の問題もなく通過していくうえ、去年のシアトル旅行でもあっけないほど簡単だっただけに まったくもって油断していました。 質問に答えるのは今回はドライバーである妻。 ここで問題となってくるのは観光で滞在しているということ。 それについては何ら違法ではないのですが、滞在期間が長いので、もし聞かれたらその理由を うまく説明せねばなりません。 さらには帰国時期も決まっておらず、あと半年間の滞在延長を申請しようとも思っています。 去年は文化庁からの派遣というお墨付きがありましたが、今年は何もない上に一度ワークビザの申請を 断られているという引け目もあり、必要以上にドキドキします。 最悪の場合、カナダに入れずそのまま日本へ送還…… という怖い話も聞いていたので、妻と車内で何と答えるか軽い打ち合わせをしました。 僕の意見は余計なことは何も言わない。ということ。 それに対して妻の意見は全てを正直に話そうということ。 意見は全く逆ですが、想定される質問をいろいろ考えたところですべてはその監査官次第。 どれが正しいかは聞かれてみないとわかりません。 旅の疲れとまあなんとかなるだろうという油断から ここは質問を受ける妻に一任することにしました。 そしていよいよ僕らの番。 努めて明るく挨拶。 もちろん相手は無表情。 パスポートを渡す。 その監査官の第一声、「Where are you living ?」 どこに住んでるのかと聞かれたから迷うことなく「Vancouver.」 怪訝な顔つきになる監査官。 「なぜだ?」「いつからだ?」「目的はなんだ?」「日本には帰らないのか?」 予期せぬ相手の反応に妻はちょっとしたパニック状態! あたふたと答えたものの彼の眼はじっと妻を見据えたまま。 しまいにはあと半年延長することまで言い出し、助手席の僕もじっとしておれず横から口出し。 隠そうとする僕と、正直に言おうとする妻。 こうなると何が何だかわけが分からなくなり、監査官も一言「Not make sense !」 そうして車から降ろされまさかの別室送りにされたのです。 通された部屋は夜のせいもあってか広くて人気がなく、数人の監査官と数組の容疑者?のみ。 オシッコにいきたがる3歳の娘すら行くことを許されません。 やがて僕らは呼ばれ3人でカウンターの前へ。 目の前の監査官は50代くらいの厳しそうな男性。 先ほどの監査官と電話で何事か話し、ゆっくりとした口調で僕らにもう一度質問します。 何がまずかったのかほとんどわからないまま今度は僕がおもに喋ることに。 いくつかの基本的な質問に答えつつも、横から時折入る妻のツッコミについイライラし、 日本語でちょっとした口論に。 それをじっと観察している目の前の監査官。 何かの口裏合わせだととられたのでしょうか、一度待合室に返され、今度は僕一人が呼ばれました。 そこからは緊張のあまり何を話したかよく覚えていませんが、彼は僕の話を聞きながら横のパソコンで 渡航歴から前回のワークビザの却下まですべての経緯に嘘がないかをチェックしているようでした。 やがて疑いが晴れたのか妻が呼ばれました。 3人を前に判決を言い渡すような口ぶりで彼はこう言いました。 「あなたたちは観光でカナダにいるのだから、どこに住んでるかと言われると日本と言わなければなりません。 カナダには "live" ではなく "stay" なのです。バンクーバーに住んでると言ったためにここまでこじれたのです」と。 さらにワークビザの却下理由や滞在延長の方法までも詳しく教えてくれました。 最終的には日本語で「アナタタチハ カンコウ デスノデ……」と念を押されて無事釈放となりました。 それにしてもそれが原因だったとは。 カナダに1年半もいて「どこに住んでる?」ときかれ即座に「日本」と答えるのは逆に不自然な気もしますが、 それもここに滞在するうえでのテクニックなんでしょうな。 カナダ政府からしてみると観光で入国し、そのまま不法に滞在され続けるのを一番恐れているのでしょう。 ともあれもう一生 "stay" という単語は忘れないと思います。 1時間以上拘束され、前にいたクリス一家ともはぐれてしまったと思いきや、 なんと高速道路の脇でずっと待っててくれました。 他の車が次々と通過していく中、僕らだけが車を降ろされるのを見てただ事ではないと思ったようですが、 近づくこともできず、ただただ心配で待っててくれたようです。 不安と緊張から解放されたのもあいまって、その温かさに涙が出そうになりました。 いろいろあった10日間でしたが、巡り巡って最高のフィナーレになりました。 コメントの受け付けは終了しました。
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Author池田 学(いけだ まなぶ) Archives
8月 2013
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