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​​東日本大震災(2011年3月11日)の震源地に最も近かった宮城県の牡鹿(おしか)半島。その付け根に位置する女川町を中心に、半島一帯を取材してまわる記者の出会いの日々を綴ります。老親の帰りを待つ人がいます。幼子の帰りを待つ人がいます。ここに暮らす人々の思いに少しでも近づけますように。──小野智美

第8便 花屋さん一家と<4> 海風と涙と

1/17/2013

 

​ 昨年9月29日のことです。女川町の中心部で復興事業が本格的に始まるのを前に、町は着工式を行いました。式典では、大型トラック3台が更地にどっと土を盛り、立木の伐採も行われました。しめくくるのは獅子振りです。太鼓と笛の囃子に胸が高鳴ります。いよいよ町が再起するのです。
 
 その後でした。帰り際に町職員が声をかけてくれました。
 「その先、白い車が止まっている所が、うちだったんだ」
 彼は草に覆われた自宅の跡地へ案内してくれました。
 「ここに駐車場があって、ここに倉庫があって、ここに……」と語る彼の笑顔を見ながら、
 そうだった、と私は思い至りました。これから町の景色は一変するのです。彼の自宅跡地には約10メートルの土が盛られます。
 
 千秋さんのお店へ急ぎ、お願いしました。
 
 千秋さん、これから盛り土が始まります。すでに以前の街の面影はないのですが、今のこっている跡地も消えてしまうのです。消える前に、お店の跡地で写真を撮らせていただけませんか。
 
 二つ返事で引き受けていただきました。

 千秋さん、美智子さんと一緒に、跡地へ行きます。女川港のすぐそばでした。1階が店舗、2階が住まいでした。そこに20年近く暮らしました。津波はすべて流し去りました。土台さえ残りませんでした。地盤は沈み、跡地は波の下だったと言います。いまは砂利が厚く敷き詰められ、工事用の車両が止まっています。
 
 2人は海風の中、カメラの前に立ってくれました。千秋さんは頬につたう涙をぬぐいながら。
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 どんな思いがこめられた涙なのでしょう。あとで千秋さんに尋ねました。
 「悔し涙かな、きっと……」
 
 跡地では硬い表情だった美智子さん。何を思っていたのでしょう。
 「よくわかんない。受け入れたくない。認めたくないんです。現実逃避」
 
 美智子さんの最後の言葉に、千秋さんもうなずきます。
 「現実を拒否しているのかも。すべてが夢のよう。だから乱れないんです」
 
 今日も、来店する人々を笑顔で迎える千秋さん。多くの人が彼女の笑顔に励まされているでしょう。
 
 そして、千秋さん自身も、来客の笑顔に励まされています。
 「夫のために、子どものために、花をあげたくて、ここまで足を運んでくれる。みんな、一生懸命、立って、歩いている……」
  

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    Author

    小野智美(おの さとみ)
    朝日新聞社員。1965年名古屋市生まれ。88年、早稲田大学第一文学部を卒業後、朝日新聞社に入社。静岡支局、長野支局、政治部、アエラ編集部などを経て、2005年に新潟総局、07年に佐渡支局。08年から東京本社。2011年9月から2014年8月まで仙台総局。宮城県女川町などを担当。現在、東京本社世論調査室員。


    ​*著書

    小野智美『50とよばれたトキ──飼育員たちとの日々』(羽鳥書店、2012年)
    小野智美編『女川一中生の句 あの日から』(羽鳥書店、2012年)
    『石巻だより』(合本)通巻1-12号(2016年)

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