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​​東日本大震災(2011年3月11日)の震源地に最も近かった宮城県の牡鹿(おしか)半島。その付け根に位置する女川町を中心に、半島一帯を取材してまわる記者の出会いの日々を綴ります。老親の帰りを待つ人がいます。幼子の帰りを待つ人がいます。ここに暮らす人々の思いに少しでも近づけますように。──小野智美

第45便 漁師さん親子と<5> ムは紫式部 第5話 記録班

4/12/2017

 
 女川中学校は町役場の仮設庁舎から歩いて数分の距離です。
 私は駐在中、仕事帰りの夕方によく学校へ立ち寄りました。
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 2013年7月。気温21度の涼しい夕方でした。
 その日の仕事を終え、防災担当の敏郎先生をお訪ねします。
 放課後の教室で先生はジャージー姿の3年生4人と話していました。
 机には紙の束。3年生全員から集めた碑文の案です。石碑には三つの文を刻むことにしました。①自分たちが国語の授業で作った俳句②未来の防災につながる一言③石碑を建てるきっかけや自分たちの願いをこめたメッセージです。
 4人は記録班です。
 委員長の智博君がいます。
 ​真向いに班長の由季ちゃんが座ります。
 班長の左右には、愛梨ちゃんと美紀ちゃん。
 愛梨ちゃんは「世界防災閣僚会議」で大役を果たした生徒です。
 美紀ちゃんは町の離島、出島で育ち、避難のために島を離れざるを得ませんでした。
 
 班長の由季ちゃんはノートとペンを手に書記も務めます。
 そのノートを見ながら、敏郎先生が指摘します。②の一言について。
 ​「『千年後の命のために』。いいと思う。救うためか。守るためか」
 授業では国語を教えている先生の問いかけに、美紀ちゃんがすぐさま答えます。
 「『救う』は違うと思う」
 先生が笑いながら促します。
 ​「ここで言いたいことを言わなかったら、千年間、悔いを残すぞ」
 ​私は一人ひとりの表情を見つめます。
 智博君も愛梨ちゃんも、敏郎先生も、あの日、大切な肉親をなくしています。
 
 由季ちゃんが、③のメッセージを読み上げます。
 「『千年前にも同じような大震災が起きましたが、私たちはそのことを知らず、同じことを繰り返してしまいました。そのことをふまえ千年後に同じことを繰り返さない』・・・」
 美紀ちゃんが口をはさみます。
 「まわりくどい気がする」
 智博君もつづきます。
 「『千年』が多くない?」
 美紀ちゃんが智博君に返します。
 「『千年』は大事っちゃ、大事なんだけど」
 今度は先生が読み上げます。
 「『千年後に同じ』・・・」
 そこへ美紀ちゃんが「悲劇」と継ぎます。
 「うん。『同じ悲劇を』・・・」
 そう返す先生に、由季ちゃんが「あやまち」と投げかけます。
 「うん・・・・・・。あやまちなんだよな・・・・・・」
 先生はかみしめるように答えると、笑みを浮かべて紙の束をめくりながら「大変なことがあったと、どういう言葉で伝えるか。『ふるさとをのみこむ』『多くの人が犠牲になり、かけがえのないものを失いました』というのもいいな」。
 そこまで助言すると、「ここで何時間かかるかわかんないけど、千年間に比べたら短いから、よく話し合って。10分ほどしたら戻ります」。明るく言い残し、教室を出ていきました。
 
 班長の由季ちゃんが話を進めます。
 「『かけがえのない宝物』を使って、圭ちゃんの『あの苦しみ悲しみを』も入れたら」
 右隣の愛梨ちゃんが手元に視線を落としたまま、小さな声で一言。
 「ん・・・・・・。いいと思う」
 左隣の美紀ちゃんが紙の束から1枚取り出して提案します。
 「この由季ちゃんの『これから生まれてくる人たちに』は説得力あっていいかも。『これから生まれてくる人たちにあの苦しみ悲しみを』」
 愛梨ちゃんは、両手を開いたり閉じたりしながら、つぶやきます。
 「あぁ、いい・・・・・・」
 「悲しみを味わわせたくない」と由季ちゃんが引き取ると、すかさず美紀ちゃんは「おかしいよね」。私もそれを思いついたけど語感が変だよね、と言いたいのです。
 そこへ愛梨ちゃんが落ち着き払った声で「繰り返してほしくない」。その言葉をヒントに由季ちゃんは「経験してほしくない」と言い換えますが、「長いね」と自ら却下します。
 すると、それまで黙っていた智博君が一言「遭わせたくない」と発し、自ら「あぁ・・・、いい・・・」と語感を確認します。女子生徒3人も笑みを返します。その言葉に決めました。
 
 では、教訓を説きましょう。美紀ちゃんから読み上げます。
 「『ここは津波が到達した最も高い場所です。もし大きな地震が来たら津波が来ます。もし家にとどまる人がいたら』」
 由季ちゃんが注意します。
 「もしもしになっちゃう」。
 美紀ちゃんが代案を口にします。
 「逃げない人がいたり戻ろうとしたりしている人がいたら・・・」
 由季ちゃんが語気を強めてつづけます。
 「なんとしても引っ張り出しましょう」
 智博君もひときわ声量を上げて加わります。
 「なんとしても連れ出してください。ぜえったいに、ひきずりだしてください」
 由季ちゃんは「強調がいいよね」とうなずきます。
 その時、愛梨ちゃんの小さな声が3人の耳に届きました。
 「・・・逃げると戻るを一緒にしちゃだめだよ」
 美紀ちゃんはハッとして「愛梨ちゃん、0.5秒前の、もう1回」とリクエストします。
 愛梨ちゃんは驚いたように目を上げて「ここまで連れてきてください、かな?」。
 書記役の由季ちゃんも、手が止まっていたことに気づき、「もう1回いい?」。
 「逃げようとしない人がいれば、連れ出してください」と智博君が応えます。
 美紀ちゃんは首をふります。「なんか違う。『逃げると戻る』の前の言葉がよかったんだけど」。そう言われても、愛梨ちゃんも思い出せません。
 智博君が笑いながら「もうさ、新たに考えるっぺ。これはもう終わらない」と制しますが、美紀ちゃんは「そう言ううちに思い出したりして」と心残りでなりません。
 智博君はおどけた口調で「そういうものなんだ。千年後に思い出したりして」。
 美紀ちゃんは気を取り直して「逃げない人は無理矢理でも連れ出してください。家に戻ろうとする人は・・・・・・、引き留める?」。愛梨ちゃんがゆっくりと復唱します。「絶対に引き留めてください」。その言葉を刻むことにしました。
 
 さあ、最後の一文。愛梨ちゃんから問いかけます。
 「『女川町は今どうなっていますか?』と言ってから、愛梨たちがなっててほしい女川を言えばいいんじゃない?」
 美紀ちゃんが「『涙を流す人が少しでも減り、笑顔があふれるように願っています』は? 祈っています?」と話しながら、紙の束から探し出して読み上げます。「『笑顔あふれる町になっていることを願っています』」。智博君が遮ります。「『祈っています』にしたんでしょ」。「そう?」と美紀ちゃん。智博君は「あなたが言ったんでしょ。祈っています、こう」と指先を丸めて仏像のポーズ。皆、一斉に笑い声を上げました。
 
 敏郎先生が教室へ戻ってきたのは1時間後でした。思いの外、用事が長引いたのですが、「かえってよかった。子どもたちだけで話をさせたかったから」。
 
 その後の土曜日。
 仕上がった文章を携え、委員長の智博君と班長の由季ちゃんは、宮城県南部、角田市の石材店社長、山田さんを訪ねました。100キロ以上の道を一彦先生の車で行きます。先生は当時、気仙沼市立唐桑中学校の教頭でしたが、仕事の合間、智博君たちの活動を支えます。
 
 石材店ではまず、先生からお話を。町内21カ所の浜へ石碑を一斉に建てられれば効率的ですが、まだ宅地造成のために各浜で山を削っている最中。その進捗状況は浜ごとに異なります。「1基ずつ建てるのは費用がかさみますよね」と口ごもる先生に、山田さんは「すべて1千万円でおさめますので、どうすれば安くなるかなどと考えなくていいですよ」。
 ​智博君と由季ちゃんも、ほっとした顔を見せます。
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 次に碑文のレイアウトを決めます。俳句、一言、メッセージの三つの文に目を通した山田さんは「この中で一番強調したいのは、どれですか」。
 智博君はしばらく考え込んでから「たぶん俳句だと思います」。
 ちょっと待てというように、先生が智博君に問います。
 「この碑をなんのためにつくるのや?」
 一瞬の間。由季ちゃんがゆっくりと「一言」を読み上げます。
 「千年後の命を守るために」
 智博君は唇をかんでいます。気がかりがあるのです。由季ちゃんが口にしてくれました。
 「『千年後』が一番だとすると、俳句はちっちゃくなっちゃうんですか?」
 21基それぞれに異なる俳句を選びました。いずれも智博君や由季ちゃんの句ではなく、同級生たちの大事な句です。由季ちゃんの問いに山田さんは「気持ちがつづられていますからね」。大丈夫。俳句も目に留まるようにデザインしていただけますよ。
 
 打ち合わせの後、福島県境、丸森町の採石場へ案内してもらいました。緑に包まれた里山です。山に囲まれながらも海辺の更地がつねに視界に入る女川町とは違います。
 「うぉー」と智博君は声を上げます。「めっちゃきれい。すっげえなあ」
 由季ちゃんも「トトロみたい」。うーんと伸びをして深呼吸。
 恐竜の卵のような巨大な丸石「球状摂理」が積んであります。「石の芯、いわば石の最後の姿です」と山田さん。「最後は卵のようになって出てくるんです」
 石碑の原石は、ここではなく、福島県いわき市の採石場から切り出します。使うのは黒雲母花崗岩。紀山石(きざんせき)と呼んでいます。
 「みなさんの碑はこのくらいの大きさになります。さあ、どうぞ」。山田さんが智博君と由季ちゃんを石の上へいざないます。おそるおそるついていく2人。神妙な面持ちです。
 「誰かの大事な碑を踏んじゃって・・・・・・」と智博君。
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 足元の石は2千万年前の地層から掘り出しました。「石ころに見えても、石には地球の記憶が詰まっているからね。地球の中身は未知のことがまだまだ多いんですよ」と山田さん。
 山へお返しする、その思いをこめ、採石を終えた地には木や草を植えています。
 ​石造りの建物にも案内してもらいました。
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 名付けて「山堂サロン」。コンサートを開くこともあります。
 そのお堂は、震災時の6強の揺れにも耐えました。
 お堂そばの木造2階建てにも案内されました。
 ​石に関する膨大な蔵書が納めてあります。
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 帰り道。万石浦を過ぎ、女川港へ。坂の下に更地が広がります。
 私は愚問を発しました。由季ちゃん、この景色には慣れたかしら。
 「いや、慣れないです」
 短く一言。それ以上は言葉になりません。
 3年生になる春先のことでした。
 休日、中学校で実行委員の活動がありました。
 夕方、母から電話です。「鹿又屋の所ね」。学校下の旅館跡地へ車で迎えに来てくれると言うのです。が、広大な更地を前に母へ応える声が震えました。「どこかわかんなくなっちゃった・・・・・・」。生まれ育った町なのに。大好きな町なのに。たった2年で忘れるなんて。自分が信じられない。ショックでした。
 高台の家は被災を免れ、家族も無事でした。しかし、あの日、由季ちゃんも、かけがえのないものを失いました。
 
 思いを詰め込んだ碑文のメッセージをここに引用します。
 <東日本大震災で、多くの人々の尊い命が失われました。地震後に起きた大津波によって、ふるさとは飲み込まれ、かけがえのないたくさんの宝物が奪われました。
 「これから生まれてくる人たちに、あの悲しみ、あの苦しみを、再びあわせたくない!!」その願いで「千年後の命を守る」ための対策案として、①非常時に助け合うため普段からの絆を強くする。②高台にまちを造り、避難路を整備する。③震災の記録を後世に残す。を合言葉に、私たちはこの石碑を建てました。
 ここは、津波が到達した地点なので、絶対に移動させないでください。
 もし、大きな地震が来たら、この石碑よりも上へ逃げてください。
 逃げない人がいても、無理矢理にでも連れ出してください。
 家に戻ろうとしている人がいれば、絶対に引き止めてください。
 今、女川町は、どうなっていますか?
 悲しみで涙を流す人が少しでも減り、笑顔あふれる町になっていることを祈り、そして信じています。
    2014年3月 女川中卒業生>

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    Author

    小野智美(おの さとみ)
    朝日新聞社員。1965年名古屋市生まれ。88年、早稲田大学第一文学部を卒業後、朝日新聞社に入社。静岡支局、長野支局、政治部、アエラ編集部などを経て、2005年に新潟総局、07年に佐渡支局。08年から東京本社。2011年9月から2014年8月まで仙台総局。宮城県女川町などを担当。現在、東京本社世論調査室員。


    ​*著書

    小野智美『50とよばれたトキ──飼育員たちとの日々』(羽鳥書店、2012年)
    小野智美編『女川一中生の句 あの日から』(羽鳥書店、2012年)
    『石巻だより』(合本)通巻1-12号(2016年)

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