羽鳥書店 Web連載&記事
  • HOME
    • ハトリショテンだより >
      • 近刊新刊 案内
      • 図書目録
    • 人文学の遠めがね
    • 憲法学の虫眼鏡
    • 女川だより
    • 石巻だより
    • バンクーバー日記
  • 李公麟「五馬図」
  • ABOUT
  • OFFICIAL SITE
  • HOME
    • ハトリショテンだより >
      • 近刊新刊 案内
      • 図書目録
    • 人文学の遠めがね
    • 憲法学の虫眼鏡
    • 女川だより
    • 石巻だより
    • バンクーバー日記
  • 李公麟「五馬図」
  • ABOUT
  • OFFICIAL SITE
画像
​​東日本大震災(2011年3月11日)の震源地に最も近かった宮城県の牡鹿(おしか)半島。その付け根に位置する女川町を中心に、半島一帯を取材してまわる記者の出会いの日々を綴ります。老親の帰りを待つ人がいます。幼子の帰りを待つ人がいます。ここに暮らす人々の思いに少しでも近づけますように。──小野智美

第46便 漁師さん親子と<6> 虹色のカメ   第6話 出立

11/15/2017

 
 2014年3月12日。
 漁師さんは、午前2時に家を出て、メロウド漁へ。
 ふだんは午後3時頃に女川港へ戻ってきますが、この日は早々に水揚げを終えると、長男の智博君を車に乗せ、石巻市中心街の石巻好文館高校へ急ぎます。
 いよいよ合格発表です。
 
 智博君が中学3年の夏、一家は仮設住宅団地内で引っ越しをしました。
 1部屋多い所へ移ったのです。智博君の勉強部屋を確保するためでした。
 でも、プレハブ造りでは、妹2人のにぎやかなおしゃべりはどこにいても聞こえます。
 なかなか集中できなかったでしょう。
 
 高校で落ち合うと、私もどきどきしながら、合格発表の掲示板に目を凝らします。
 あった! いやー、よかった! だめかと思っていたのよ! いやー、よかった!
 うれしくて抱きしめながら口走ってしまった私に、智博君は「失礼な!」と笑います。
 
 女川中の受験生は全員、合格です。
 それにも大喜びの智博君。
 同級生を見つけて声を弾ませます。
 ​肩越しに、顔をほころばせたお父さんが見えます。
画像

​ 
その春の最高のニュースでした。
 3月27日。
 南風が吹き始め、朝9時の女川町は10度近くまで気温が上がりました。
 その朝、智博君たちにとって中学校の最後の行事、離任式が体育館で開かれました。
 防災担当の敏郎先生と学年主任の実先生の転勤が決まり、それぞれ挨拶に立ちます。
 
 敏郎先生は涙声で切り出します。
 「とうとう、この日が来てしまいました。今日が来るのがとても怖かったです。大好きな女川中学校と女川町にお別れします」
 用意したメモを読み上げます。
 「『笑顔と感動、瞳輝くまるこやま』という職員室のスローガンを先生が考えました。最初は職員室に小さく貼っていただけなんですが、だんだん学校全体のスローガンになって、そして震災後は私を支える言葉になりました。この丸子山でキラキラ輝くみなさんの瞳に本当に助けられました。震災で大変な思いもしましたが、その3年後に中学生が石碑を建てるなんて誰も予想しなかった。すごい。中学生は。つらいことがあっても、面白くなくても、それは自分次第です。生きている私たちは目を輝かせて未来に向かうこと。生徒のみんな、女川のみなさんに教えていただきました。今日も精いっぱい頑張って、そして家に帰ったら大きな声で『ただいま』と言いなさい」。メモから目を上げ、笑顔で言い添えます。「ありがとうございました。さようなら。バレー部、がんばれよ」
 
 つづいてマイクの前に立った実先生は、何も手にせず、淡々と語ります。
 「女川町に5年間お世話になりました。この校舎は4年間です。途中で大震災がありました。女川はとてもひどい被害に遭いました。みなさんもそうですね。先生もそうでした。それを支えてくれたのが、みなさん、特に卒業生のみなさんです。ありがとう」
 実先生は、前の週に卒業生と交わした話を紹介します。「先生の目標は何ですか?」と問われて、すぐに答えられなかったことを打ち明けました。
 「震災から自分の目標って考えられなくなっていました。でも思い出させてくれました。答えたのは『まっすぐに正直に』。昔からこの言葉で先生は頑張ってきました。それを、この3年、忘れていました。これを思い出させてくれて、ここから私を押し出してくれた卒業生、本当にありがとう。1年生、2年生、ありがとう。本当にありがとうございました」
 
 拍手の中、先生たちは退場し、生徒たちも外へ。
 卒業生は残りました。
 実先生を引き留めて囲みます。
 堰が切れたように、実先生の目から涙があふれました。
 「ごめん・・・・・・」。声が詰まり、すぐに次の言葉を出せません。
 「・・・・・・知っている人は知っていると思うけど、家がなくなって、家族なくして、つらくて、もう辞めようと何回も思ったけど、みんなが支えてくれた。たぶん、ほかの学校、ほかの学年の担当だったら、先生はやめていたと思う・・・・・・」
 涙をふいて深呼吸します。
 卒業生一人ひとりへ笑みを返しながら、しっかりとした大きな声で続けました。
 「これからの元気をもらったのも、みなさんからでした。これからまた頑張れると思います。先生を支えてくれたように、みなさんそれぞれ力があります。頑張って下さい」
 
 「私たちのほうから、エールを送りましょう」
 竣哉君が呼びかけ、両手を後ろに組み、声を上げます。
 「フレー! フレー! みーのーるー!」
 智博君たち卒業生一同、声をそろえます。
 「フレッ、フレッ、みのるっ、フレッ、フレッ、みのるっ」
  竣哉君がもう一度、声を上げます。
 「今まで本当にありがとうございましたー!」
 ふたたび全員が声を合わせました。
 
 支えられながら支えつづけた中学校生活が幕を閉じました。
 この日も智博君は、合格発表の時のように晴れやかな笑顔でした。

コメントはクローズされています。

    Author

    小野智美(おの さとみ)
    朝日新聞社員。1965年名古屋市生まれ。88年、早稲田大学第一文学部を卒業後、朝日新聞社に入社。静岡支局、長野支局、政治部、アエラ編集部などを経て、2005年に新潟総局、07年に佐渡支局。08年から東京本社。2011年9月から2014年8月まで仙台総局。宮城県女川町などを担当。現在、東京本社世論調査室員。


    ​*著書

    小野智美『50とよばれたトキ──飼育員たちとの日々』(羽鳥書店、2012年)
    小野智美編『女川一中生の句 あの日から』(羽鳥書店、2012年)
    『石巻だより』(合本)通巻1-12号(2016年)

    Archives

    3 月 2019
    12 月 2018
    8 月 2018
    7 月 2018
    1 月 2018
    11 月 2017
    10 月 2017
    9 月 2017
    8 月 2017
    7 月 2017
    6 月 2017
    5 月 2017
    4 月 2017
    3 月 2017
    1 月 2017
    12 月 2016
    4 月 2016
    3 月 2016
    2 月 2016
    1 月 2016
    12 月 2015
    10 月 2015
    9 月 2015
    8 月 2015
    9 月 2014
    8 月 2014
    7 月 2014
    5 月 2014
    4 月 2014
    3 月 2014
    1 月 2014
    12 月 2013
    11 月 2013
    10 月 2013
    9 月 2013
    8 月 2013
    7 月 2013
    6 月 2013
    5 月 2013
    4 月 2013
    3 月 2013
    2 月 2013
    1 月 2013
    12 月 2012
    11 月 2012
    10 月 2012

    Categories

    すべて
    花屋さん一家と
    漁師さん親子と
    健太さんの家族
    女川だより 目次
    床屋さん夫婦と
    美智子さん姉妹
    祐子さんの家族

    RSS フィード

Copyright © 羽鳥書店. All Rights Reserved.