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​​東日本大震災(2011年3月11日)の震源地に最も近かった宮城県の牡鹿(おしか)半島。その付け根に位置する女川町を中心に、半島一帯を取材してまわる記者の出会いの日々を綴ります。老親の帰りを待つ人がいます。幼子の帰りを待つ人がいます。ここに暮らす人々の思いに少しでも近づけますように。──小野智美

第47便 漁師さん親子と<7> アは赤とんぼ   第4話  さよならの雨

12/7/2018

 
 ​2014年春。メロウド漁が始まりました。
 仙台沖での漁を終え、女川港へ戻ってくる漁師さんの船、金宮丸です。
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​ 喫水線から大漁がうかがえます。ペンキ塗り中の金宮丸の姿と比べると、この日のメロウドの重みがずっしりと伝わってきます。
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​ 水揚げしたメロウドは5トンでした。
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​ 7.8トンまで積める金宮丸。海原を分け行く速さは22ノット。時速約40キロです。
午前2時に仮設住宅を出て、港へ戻ってくるのは午後3時ごろという長時間労働。帰りの航海中は「眠気が襲ってきて海へ落ちそうになる」と苦笑しながらも、豊漁に漁師さんの表情ははつらつとしています。
 ところが、このあとから不漁がつづきました。自宅再建はこれから。3人の子の教育費も要ります。不安が募ります。「なんぼか奨学金があれば」。嘆きも漏れます。「土日にシラス捕りに行ってみたいんだ」。ですが、高校生の兄と中学生の妹の部活の送迎もあります。保育園児の末っ子を一人残して出かけるわけにもいきません。
綱渡りがつづきます。
14年夏。
 私は東京へ戻ることになりました。引っ越しを2日後に控えた夜、仮設住宅に漁師さんを訪ねます。高校生の兄は外出中でした。
末っ子が新しいおもちゃを見せてくれました。大きなバスケットです。そこへ潜り込み、ジャンプするようにポーンとふたを開ければ、機械仕掛けの人形が飛び出すかのよう。キャハハと笑い声を立てながら、潜り込んではポーンと繰り返し演じてくれます。
カメラを向けていると、いつものように「わたしがとるー」。
 では、交代です。父と中学生の姉もいっしょに、はい、ポーズ。
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​ 「だめー」。カメラマンは即、だめ出し。「へんがおしてー」
 ではでは、小さなカメラマンへ、いっしょにあっかんべえ。
 キャハハハ。カメラマンは声を立てて笑ってくれました。
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​ 皆で大いに笑った後、おいとましますねと玄関ドアから出たところで、えっ、と私は足を止めました。末っ子も靴を履いて出てきたのです。
 あら、外はもう真っ暗だから、ここでさよならしましょうと言っても、末っ子はうつむいて、黙り込んでいます。中学生の姉も出てきて「お見送りするの?」と問いかけます。妹は下を向いたまま、コクンとうなずきました。
 いえいえ、駐車場は遠いし、雨も降ってきたから、ここでさよならしましょう。姉も「雨だよ。ぬれるよ」と声をかけてくれるのですが、妹はまるで怒ったように玄関を背にして動きません。妹がぬれないように姉が傘を差し出し、小雨の中、2人一緒に駐車場まで来てくれました。
 秋の中学校の運動会に来ますから、また会いましょうね。暗いから足元に気をつけて戻ってね。どんな言葉をかけても、妹は口を結び、目をふせたまま、車の後ろで仁王立ちになっています。
エンジンをかけ、運転席の窓を開け、手をふり、ゆっくりと発進します。街路灯のぼんやりとした明かりが、バックミラーに姉妹を映し出します。2人の姿はだんだんに小さくなって、やがて見えなくなりました。
 
 14年秋。
 姉の運動会を訪ねます。
妹もいました。元気だったかな。声をかけると、父の脚にしがみつくようにして隠れてしまいました。あらまあ。
 
 子どもたちが喜怒哀楽を経験し、成長していく間、父は身を粉にして働きます。
運動会の後、水揚げしたカキを見せてもらいました。
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 カキにくっついていた水生生物たちは大慌て。芋虫のような彼らを見て改めて思います。海原で育ったカキは無農薬野菜と同じですね。
 カキの塊が次々、分解されていきます。その速さたるや。ロープ1本分のカキを1個ずつそろえるのに1時間というスピードです。ロープ1本分のカキでざっくり1万円分。「時給1万円だっちゃ。コンパニオンに負けるなあ」と漁師さんは笑います。
 カナヅチの勢い余ってカキそのものを分解してしまうことも。「たまにはプロでも壊すんだ。30円の損だ」。ユーモアをまじえて話してくれます。
 とは言え「春まで休みなし。フラフラだっちゃ」。14年秋から15年春までに水揚げするカキはロープにして450本分。水揚げの合間に釣り客のための船も出します。
 「昨日は」とカナヅチの手を休めずに話しつづけます。水揚げを終え、ほっとする間もなく、高校生の兄から「迎えに来て」と電話がかかってきたそうです。部活の送迎です。浜から直行します。漁師さんは中学生の姉に電話をかけて「おにいを迎えに行ってくるから、チンゲンサイを炒めてて。火、大丈夫か?」。「大丈夫……」
 そこまで話して、漁師さんは急に「明日はお弁当だ!」と声を上げました。中学生の姉のお弁当の準備を忘れるところでした。
 
 14年の暮れの夜。
 仮設住宅のブザーを押します。
 ドア越しに、ドドドドと元気な足音。また恥ずかしがって隠れてしまうかな、と私はドキドキ。ドアが開きました。末っ子は、私の顔を見るなり、身をよじるようにして「あー、ケーキ、のこしておけばよかったー」。まあ、うれしい言葉を。クリスマスケーキを私にも食べさせたかったというのです。
 その夜は恥ずかしがることもなく、折り紙でコマを作ってくれました。何枚もの折り紙を使います。14年春は、メロウド漁へ出る父のため、母方の祖父母が留守番に来てくれました。兄の中学校の卒業式、姉の中学校の入学式にも出席し、祖母は末っ子と折り紙で遊んでくれました。その時に教わったものです。
 コマはクルクルと見事に回転。見つめる顔に笑みがこぼれ、前歯の欠けた口元がのぞきます。まもなく永久歯が生えてきます。そのコマを帰りのお土産に持たせてくれました。その夜は、笑顔でさよならしました。
 
 今はわが家にあるコマです。
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    Author

    小野智美(おの さとみ)
    朝日新聞社員。1965年名古屋市生まれ。88年、早稲田大学第一文学部を卒業後、朝日新聞社に入社。静岡支局、長野支局、政治部、アエラ編集部などを経て、2005年に新潟総局、07年に佐渡支局。08年から東京本社。2011年9月から2014年8月まで仙台総局。宮城県女川町などを担当。現在、東京本社世論調査室員。


    ​*著書

    小野智美『50とよばれたトキ──飼育員たちとの日々』(羽鳥書店、2012年)
    小野智美編『女川一中生の句 あの日から』(羽鳥書店、2012年)
    『石巻だより』(合本)通巻1-12号(2016年)

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