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​​東日本大震災(2011年3月11日)の震源地に最も近かった宮城県の牡鹿(おしか)半島。その付け根に位置する女川町を中心に、半島一帯を取材してまわる記者の出会いの日々を綴ります。老親の帰りを待つ人がいます。幼子の帰りを待つ人がいます。ここに暮らす人々の思いに少しでも近づけますように。──小野智美

第47便 漁師さん親子と<7> アは赤とんぼ   第5話「夏はコーン」

3/9/2019

 
 2015年4月。
 末っ子は小学生になりました。学校はすぐそば。大人の足で徒歩5分とかからない近さです。入学式には母方の祖父母も来てくれました。父はネクタイを着けて出席します。末っ子は桜色のジャケットにスカート。父方の伯母がポニーテールを結い上げてくれました。私は、その朝の東京駅始発の新幹線を乗り継ぎ学校へ。式の途中から参観します。
 
 式後、担任教諭が教室への移動を告げます。若い女の先生です。1人が先生の脚に抱きつきます。その子を別の子が背後から抱きしめます。さらにその後ろで末っ子も笑顔で先生を見上げます。カルガモの親子のよう。先生は、片時もじっとしていられないヒナたちに整列を呼びかけます。
 
 教室中央の一番前が末っ子の席。机には大きな封筒も置かれています。
 保護者が窓際、壁際に並びました。
 先生が通学手段を確認します。
 「バスで帰る人、手を挙げて」
 復興の工事車両の往来が激しい町内は、ほぼ全員がスクールバスを使います。
 「歩いて帰る人」
 末っ子は高々と右手を挙げながら、体も右側へ向けます。教室の入り口そばに父がいます。口を半開きにして「歩きだよね」と問いたげに父を見つめます。まだ6歳ですからね。
 次に先生は「封筒の中を保護者の皆様も一緒に確認してください」。一斉に母親たちがわが子の席へ。ハッとしました。父親と確認するのは末っ子だけです。
 
 ​初日の下校は家族一緒。記念撮影に収まる母子もいます。ランドセルを背負った子へ「写真を撮りましょう」と呼びかけると、「いいっ」。叫ぶように言い残し、仮設住宅へ一目散に走っていきます。漁師さんと私が遅れて着くと、末っ子はコタツの中。ポニーテールのほつれもジャケットの乱れもかまわずに潜り込んでいます。泣き顔を見られまいとしているようでした。鼻をすすりながらゲームをいじっています。必死に自分をなだめているのでしょう。ようやくコタツから出てくると、笑顔を見せてくれました。強くて優しい6歳です 。
 15年5月。
 土曜日の夕方。私は漁師さん親子と一緒にファミリーレストランへ。日中は小学校の運動会でした。楽しい気分が残っていたのでしょう。第45便の第1話で綴った通り、行きの車中では末っ子とのしりとりが大いに盛り上がりました。
 「アは得意」という小学1年生が答えたのは「赤とんぼ」。赤とんぼは秋ですね。では、春と言えば何かしら。「春はさくら」。では夏は。「夏はスイカ、トマト、キュウリ、コーン」。食べ物が並びましたね。秋なら何でしょう。「秋はもみじ。冬は雪」。いいですねえ。春夏秋冬の中でいつが好きですか。「夏と冬が好き」。あら、どうして。「夏はコーン食べほうだい。冬は雪だるまつくる」。四季折々の楽しみがありますね。
 
 レストランでは中学2年生の姉とおしゃべり。
 高校はどこを考えているのかな。お兄ちゃんと同じところかな。
 つづけて私は余計なことを言ってしまいました。
 今は吹奏楽部でしょ。高校も吹部に入るのかな。
 即座に漁師さんが厳しい口調でクギをさします。
 「吹部はだめだぞ。送り迎えできない。吹部は余裕のある親がいる家だけだ」
 高校2年生の兄が朗らかに口をはさみます。
 「弓道いいよ。のんびりしている」
 余裕がないことは十分わかっていました。姉は、切れたように父へ問います。
 「うち、いつ建つの? 卒業までに建つ?」
 とがったその声音に父も我に返ったよう。普段の明るい口調になって「大丈夫だ」。
 「卒業前に建つよね?」
 ​詰問調の姉に「発破かけてるだろ」と父。兄も「すごい音した」。さあ、楽しみを話題にしましょう。おうちはどんな設計になさるのでしょう。
 
 15年9月。
 中学校の運動会。全校生徒が青組と赤組に分かれて競い合います。
 入場の行進曲を奏でる吹奏楽部の中で姉はアルトサックスを吹いています。
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​ 運動会中は体育館も開放しています。
 小学1年生の末っ子は館内で友だちと遊んでいました。
 まもなく姉の出番。校庭を急ぐ私の背後から呼ぶ声がしました。振り向くと、体育館から末っ子がころがるような勢いで駆けてきます。
 おおっ。
 地面にひざをつき、両腕を広げたところへドーンと飛び込んできました。
 じゃあ、お姉ちゃんの応援に行きましょう。
 3人1組の借り物競走です。スタートライン脇で腰をおろして出番を待つ姉たち3人組。姉は真ん中です。観客席側で末っ子も腰をおろして姉へ手を振ります。わずか数歩の距離。あまりの近さにどう反応してよいやら。姉が目をそらしていると、隣の女子生徒が姉の腕をつかみ、その腕をゆさゆさと妹へ振ってくれました。
 この競技は、3人で手をつないで走り、指示書にある物を借りてゴールをめざします。先生や保護者を借りることもあります。生徒の足を引っ張るわけにいかないと先生や保護者が必死に走る姿も楽しいのですが、おや、末っ子はどこへ行ったのでしょう。
 ​校庭の隅の草むらでバッタを探しています。
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​ ひとりで楽しんでいる様子。そばの私にはおかまいなしです。では、私は観戦に戻ろうかな。そう思った時でした。顔を上げ、振り返ったのです。私と目が合うと、ニッと笑い、また大地に視線を落としてバッタを探します。ああ、よかった。数秒あとでしたら、私はそこにいなかったのです。
 
 一瞬のその行動から、過ぎ去った日々へ思いをはせます。顔を上げたらいつもそこにいた人のこと。ころがるように駆けていけば抱きしめてもらえた日。
 
 次は、リレーです。
 ​吹奏楽部ですから、運動は苦手なのかなと思いきや、姉の俊足に目を見張りました。小学校でもリレーの選手に選ばれていたそうです。
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​ ところが、コーナーを回ったところで急に減速。苦笑いしながらのゴールインとなりました。靴が片方ぬげてしまったのです。それもまた楽しい思い出です。

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    Author

    小野智美(おの さとみ)
    朝日新聞社員。1965年名古屋市生まれ。88年、早稲田大学第一文学部を卒業後、朝日新聞社に入社。静岡支局、長野支局、政治部、アエラ編集部などを経て、2005年に新潟総局、07年に佐渡支局。08年から東京本社。2011年9月から2014年8月まで仙台総局。宮城県女川町などを担当。現在、東京本社世論調査室員。


    ​*著書

    小野智美『50とよばれたトキ──飼育員たちとの日々』(羽鳥書店、2012年)
    小野智美編『女川一中生の句 あの日から』(羽鳥書店、2012年)
    『石巻だより』(合本)通巻1-12号(2016年)

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