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6 わたしたちの社会的アイデンティティを剥奪しないでください──選択的夫婦別姓

2/15/2018

 
 ​ジャンヌ・モロー主演、ルイス・ブニュエル監督『小間使いの日記』の一場面。女物のブーツをフェティッシュとして愛玩する富豪の老人が、雇い入れたばかりの美しい娘に「セレスティーヌか、素敵な名前だ‥‥‥ところでマリーと呼んでもかまわないかね‥‥‥」としつこく迫る。当のセレスティーヌは、雇い主の連中はなぜか決して使用人を本名で呼ばないという妙な癖をもっている、あたしなんか、ありとあらゆる聖女さまの名前で呼ばれてきたんだからね、とむかっ腹を立てる――原作のオクダーヴ・ミルボーの小説にしかない内面の台詞だけれど、ジャンヌ・モローの顔にちゃんとそう書いてある。伝統的な社会において、使用人は適当に、勝手な思いつきのファーストネームを押しつけられ、姓はもたぬかのように扱われたのであり、セレスティーヌ・R嬢がつかいそうな語彙ではないけれど、これは個人の「尊厳」にかかわる問題です。
 ところでブルジョワ階級の既婚女性の姓と名の関係はきわめて複雑であり、ヨーロッパ近代小説を読んできた者としては一冊の本が書けるぐらいのネタはありますが、皮切りの話題は、既婚男性の姓と名の関係から――と言っただけで、多くの方が思い当たるはず。ひと月ほど前(2017年1月9日)のことですが、日本人同士の結婚で、夫婦別姓を選択できないことは憲法違反だとして、国に1人あたり55万円の損害賠償を求め、東京地裁に訴状が提出されました。大きな反響を呼んでいる理由の一つは、原告が男性であったから。つまり、この不意打ちの意外性が図らずも、不利益を被るのは女性であるという大方の人が黙認する了解そのものを改めて露呈させたから。もう一つ興味深いのは、夫婦同姓は「女性差別ではない」(?!)とした2015年12月の最高裁判決を覆すという勝算の少ない闘いはやらぬという原告側の戦略です。日本人と外国人が結婚する場合には別姓にすることができるのだから、日本人同士の結婚について同じことが許されないのは、法の下の平等に違反するという主張。「民法750条」は憲法で保障された権利・自由を侵害するという前回の主張と異なり、「戸籍法」の矛盾を突くというわけ。なるほど、法廷闘争というのは、そんなふうにやるものなのですね。ご健闘を祈ります。 
 じっさい姓名の問題は、原初において「戸籍」の問題でありました。フランスでいえばカトリック教会が洗礼の台帳によって人の生死や婚姻を管理していたアンシャン・レジームが革命によって崩壊し、世俗化された国家に国民生活の管理権が託されたとき、近代の「市民社会」が「戸籍」とともに誕生した。ひとまずこの大ざっぱな見取り図を提示したうえで、既婚女性の姓と名の関係に話は戻ります。
 「エンマ・ボヴァリー」という女性は『ボヴァリー夫人』のなかに存在しない、という驚くべき事実を初めて指摘したのは、あの蓮實重彦『「ボヴァリー夫人」論』(筑摩書房、2014年)でありますが、なるほど作品中には「ボヴァリー夫人」と呼ばれる女性がシャルル・ボヴァリーの母親と初婚・再婚の妻と3人もいる。一方でヒロインは親族からは「エンマ」と呼ばれ、一歩家の外に出れば「ボヴァリー夫人」であって、ただの一度もテクスト上で「エンマ・ボヴァリー」と名指されることはありません。そのような言葉の存在あるいは不在を凝視すべき分析の水準を「テクスト的な現実」と名づけて『「ボヴァリー夫人」論』の議論は展開されてゆく。ただし、わたしの話はここで脱線し――

さらに詳しく

    Author

    工藤庸子
    ​(くどうようこ)
    ​フランス文学、ヨーロッパ地域文化研究。東京大学名誉教授。1944年生まれ。

    *主要著書・訳書
    『恋愛小説のレトリック――『ボヴァリー夫人』を読む』(1998年)
    『ヨーロッパ文明批判序説――植民地・共和国・オリエンタリズム』(2003年)
    『近代ヨーロッパ宗教文化論――姦通小説・ナポレオン法典・政教分離』(2013年)
    『評伝 スタール夫人と近代ヨーロッパ――フランス革命とナポレオン独裁を生きぬいた自由主義の母』(いずれも東京大学出版会、2016年)
    マルグリット・デュラス『ヒロシマ・モナムール』(河出書房新社、2014年)

    羽鳥書店
    『いま読むペロー「昔話」』訳・解説(2013年)
    『論集 蓮實重彦』編著(2016年)
    『〈淫靡さ〉について』蓮實重彦との共著(2017年)

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