昨年9月29日のことです。女川町の中心部で復興事業が本格的に始まるのを前に、町は着工式を行いました。式典では、大型トラック3台が更地にどっと土を盛り、立木の伐採も行われました。しめくくるのは獅子振りです。太鼓と笛の囃子に胸が高鳴ります。いよいよ町が再起するのです。 その後でした。帰り際に町職員が声をかけてくれました。 「その先、白い車が止まっている所が、うちだったんだ」 彼は草に覆われた自宅の跡地へ案内してくれました。 「ここに駐車場があって、ここに倉庫があって、ここに……」と語る彼の笑顔を見ながら、 そうだった、と私は思い至りました。これから町の景色は一変するのです。彼の自宅跡地には約10メートルの土が盛られます。 千秋さんのお店へ急ぎ、お願いしました。 千秋さん、これから盛り土が始まります。すでに以前の街の面影はないのですが、今のこっている跡地も消えてしまうのです。消える前に、お店の跡地で写真を撮らせていただけませんか。 二つ返事で引き受けていただきました。 千秋さん、美智子さんと一緒に、跡地へ行きます。女川港のすぐそばでした。1階が店舗、2階が住まいでした。そこに20年近く暮らしました。津波はすべて流し去りました。土台さえ残りませんでした。地盤は沈み、跡地は波の下だったと言います。いまは砂利が厚く敷き詰められ、工事用の車両が止まっています。 2人は海風の中、カメラの前に立ってくれました。千秋さんは頬につたう涙をぬぐいながら。 どんな思いがこめられた涙なのでしょう。あとで千秋さんに尋ねました。 「悔し涙かな、きっと……」 跡地では硬い表情だった美智子さん。何を思っていたのでしょう。 「よくわかんない。受け入れたくない。認めたくないんです。現実逃避」 美智子さんの最後の言葉に、千秋さんもうなずきます。 「現実を拒否しているのかも。すべてが夢のよう。だから乱れないんです」 今日も、来店する人々を笑顔で迎える千秋さん。多くの人が彼女の笑顔に励まされているでしょう。 そして、千秋さん自身も、来客の笑顔に励まされています。 「夫のために、子どものために、花をあげたくて、ここまで足を運んでくれる。みんな、一生懸命、立って、歩いている……」 コメントの受け付けは終了しました。
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Author小野智美(おの さとみ) Archives
3月 2019
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