床屋さんが入居した公営住宅で、新しい行政区をつくることになりました。 2014年7月、行政区の初総会が開かれました。 約100人が公営住宅の敷地内にある集会所へ集まります。新築です。仮設の集会所ではありません。窓枠の厚みも床の木目も頼もしく、喜びをかみしめます。でも、それは住民ではない私の感慨。牡鹿半島に点在する浜辺の集落の人々が一堂に会するのです。初対面同士、緊張や不安もあったでしょう。 その空気を和ませたのが役員たちでした。一人ひとり、皆の前で自己紹介します。「私は8号棟の」と切り出すと、周囲から「4号、4号」と訂正が入ります。3年近く暮らした仮設住宅では8号棟だったため、言い間違えたのです。次の人も間違えて、なんと、おっ父までも。どっと沸きました。 おっ父も、役員に加わりました。 2015年3月最後の土曜日。待ち望んだ日が来ました。 始発列車で出かけます。車窓の外は日の出を迎え、空も、雲も、高層ビルも、桜色に染まっていきます。 東北新幹線「やまびこ」で東京駅を出発。古川駅で在来線に乗り換え、小牛田(こごた)駅で下車。降りたホームの反対側に待機していた列車は、一ノ関行きでした。駅員さんに尋ねました。「女川へ行きたいのですが」 「4番線です」 即答です。迷うことなく返ってくる答え。嬉しくなります。 4番線ホームで見上げた電光掲示板には『女川』の2文字。 「ブブブ……」。パソコンの傍らで携帯がふるえ、メール到着を告げます。 天気情報です。件名は「降りはじメール」。 本文は「石巻市 降水予測14:50頃から」。宮城県石巻市の天候が変わるたびに届くメールです。 窓へ目を向ければ、オフィスの外には雲ひとつない青空。眼下には日本最大の魚市場、築地市場を映しながら、まぶたの奥に浮かぶのは、雨に煙る浜、大きな黒い土嚢を積んだ岸壁、ひときわ濃くなる潮のにおい――。 私は2014年9月、牡鹿半島駐在に終止符を打ち、東京都中央区の築地市場前にある東京本社へ戻りました。 転勤を機に、このブログは第48便で結ぶことを考えながら、本社での新しい仕事と、仕事の合間に作る「石巻だより」で手一杯になり、今日に至りました。これから、時計の針を巻き戻しながら、お話ししたいと思います。 昨年暮れのことです。女川町役場の取材を終え、女川港へ急いでいると、車から妙な音がします。路肩に止めて点検すると、後輪のパンクでした。 さて、どうしたものか。2キロほど先のバイク店へ向かいました。店主は一目で「ここにクギが」。慣れた手つきでタイヤからクギを抜き取り、10分もたたずに修理は完了。 そのクギがこちら。大きさを見ていただくのに、本と一緒に置いてみました。 床屋さんでは、おっ父が男性客、おっ母が少年客と私の担当です。 ほかにお客さんがいない時、「お茶っこ飲んでって」とおっ母は勧めてくれます。入り口そばの丸椅子に腰掛け、コーヒーをはさんで、床屋談義に花が咲きます。 「お茶っこ」。東北育ちではない私も、このごろ、この言葉が口をついて出るようになりました。お菓子を持参して「お茶っこの時にどうぞ」。もう一つ使うようになったのは「学校さ行くので」。取材を控えている時はそう申し上げ、お茶っこを辞退します。 店舗は、夫妻の仮設住宅から徒歩15分ほど先。コンテナを利用した小さな仮設商店街の一画にあります。店内の客席は当初、美容院専用の椅子でした。今は、寄贈された床屋専用の中古の椅子を活用しています。 昨年秋、お店の奥から、また、お店の入り口から撮らせていただいたおっ父とおっ母の写真をご紹介しましょう。 2011年11月、私はおっ母と再会しました。女川町で最後の仮設住宅144戸が完成した日です。床屋さん夫妻も約8カ月におよんだ体育館での避難生活を終え、仮設住宅へ移りました。その引っ越しの最中、またお会いできたのです。 引っ越し先は、体育館裏の野球場に建てられた3階建ての仮設住宅です。 震災後、町の人々のために仮設住宅1294戸が建てられました。町内は敷地が限られるため、290戸は隣接の石巻市に建てられました。が、それでも間に合わず、町は海上輸送用コンテナを利用し、45戸は2階建て、144戸は3階建てで造りました。 遠目ではわからないことがあります。女川町から道なりに約20キロ北へ。昨年秋、私は北上川の河口に向かいました。川沿いの細い砂利道を走ります。前方に大型トラックを見つけるたび、道端に車を寄せて待ちます。1キロ進むにも5分かかるような道でした。 そこは震災後に急いで造られました。牡鹿半島を中心に、石巻市の沿岸部は、震災で1メートルほど地盤沈下しました。川沿いにあった舗装道路も沈み、津波は周囲の住宅や商店を押し流し、一帯は湿地に姿を変えました。 そろそろ河口に着いたのか、と砂利道から目を凝らします。水面に浮かんで見えるのはガードレールでした。 |
Author小野智美(おの さとみ) Archives
3月 2019
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