昨年10月11日。七十七銀行女川支店の跡地前で車を止めました。花壇の黄色い菊が目をひきます。ぽっと光をともしたような光景でした。おばあさんが手向けたお庭の菊でした。 一昨年の3月11日の朝。いつものように祐子さんが台所に立ちました。病気がちなおばあさんに代わり、祐子さんが家事を一手に引き受けていました。その朝、おばあさんは食卓を囲みながら、祐子さんに断りました。 「今日、悪いけど、お父さん、借りっから。病院さ、乗せてもらうから」 おばあさんの通院日でした。ご主人は自衛隊を定年退職しており、4月から再就職を決めていました。その日は、時間のあるご主人が、祐子さんを銀行へ送り届けた後、おばあさんに付き添う予定でした。祐子さんは「気をつけて行ってございん(行っていらっしゃい)」とおばあさんをいたわっていました。 出勤時刻。祐子さんは、ご主人が待つ車の指定席へ。おばあさんが「ちょっと、あんだぁ」と呼び止めました。「おひな様さぁ、お彼岸近いから、片付けだほうがいいんでねぇか?」 「14日、休みとるから。14日に片付けっから」 「んー、気をつけて。じゃあ、お父さん、借りっから」 「いいよ、いいよ。私、バスで帰るから大丈夫、大丈夫」 その時の会話をおばあさんは忘れません。 当時、床の間に七段飾りのひな人形が置かれていました。祐子さんにせがまれて、ご両親が孫娘のために買ったものです。 ご両親は、祐子さん姉妹が生まれても、ひな人形を買いませんでした。祐子さんに理由を聞かれ、おばあさんは「この近所で、おひな様を飾ってっとこ、どこもねぇよ」と答えたことがあります。孫娘に選ぶ時も「片付けるの大変だから、テレビの上さ、ちょこっとのせるものがある」と提案しましたが、祐子さんは「だめだめ、なんぼしても七段飾り。孫さ、かわいいの。買ってけらいん(買ってちょうだい)」。桃の節句が過ぎても片付けないと、お嫁に行けなくなるとも言われますが、祐子さんは毎年「いつまでもお嫁に行がなぐていいから」と、ひな人形を長く飾っていました。 数日後、おばあさんが切り出し、ご両親とご主人で片付けました。その後は、昨年も、今年も、ひな人形は飾りませんでした。 コメントの受け付けは終了しました。
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Author小野智美(おの さとみ) Archives
3月 2019
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