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​​東日本大震災(2011年3月11日)の震源地に最も近かった宮城県の牡鹿(おしか)半島。その付け根に位置する女川町を中心に、半島一帯を取材してまわる記者の出会いの日々を綴ります。老親の帰りを待つ人がいます。幼子の帰りを待つ人がいます。ここに暮らす人々の思いに少しでも近づけますように。──小野智美

第20便 祐子さんの家族<4> 青いバス

7/18/2013

 

 女川町へ通じる国道398号は、海沿いにカーブがつづく片側1車線の道路です。ダンプカーが車線をはみだして向かってくることもあり、注意しなくてはなりません。対向車線に青いバスを見つけることがあります。町民バスです。目を凝らすと、29人乗りの小さなバスの運転席には祐子さんのご主人。手をふる私に気づき、すっと右手をあげてくださいます。よし、私もがんばるぞ、と力がわいてきます。
 
 バス運転手として再就職が決まったことを誰よりも喜んでくれたのは、祐子さんでした。ご主人は思っています。バスに乗せてあげたかった……。
 「だから、毎日、一緒なんです」
 運転免許証には祐子さんのお写真をはさんでいます。
 
 町民バスは、町のすべての仮設住宅をめぐり、仮設商店街や病院と結びます。昨年度は20311人が乗車しました。無料です。誰でも乗れます。今年5月初め。私もご主人が運転するバスに乗りました。車窓の景色をご覧ください。
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 乗る時は「お願いします」…。下りる時は「お世話様でした」…。言葉と笑みが交わされます。車中でも「ひさしぶりー」と乗客同士、会話が弾みます。病院前で乗り込んだ女性客と私もおしゃべり。
 「歩いてもいいけど、ダンプがこわいの」
 ――町中は工事車両が行き交い、土ぼこりも大変ですもの。バスなら安心ですね。
 「何よりでがす。助かってます」
 ――おうちはご無事だったんですね。
 「(危険を伝える)赤い紙が貼られたけど、避難所はいっぱいで、うちにいたの。でも、水、止まって、大変だったぁ」
 そこで、突如、うしろの男性客が声を上げました。
 「あっ、水道料。水道料、払わなくちゃ。役場で止めて」
 役場前で1人下車。
 あとで聞くと、役場前は通過点であり、停留所ではありません。ご主人は笑いながら「番外編ですね」。
 
 朝、ご主人は出かける前に必ず、祐子さんのお写真に手を合わせます。そして、おじいさんとおばあさんにも声をかけます。
 「ちょっと稼いで来っから」
 ユーモアのこもる言葉に、ご両親に笑みがこぼれます。
 
 ご両親はわかっています。ご主人が一人きりになる夜に泣き明かすことを。それから、もうひとつ。
 「お父さんは自分がこれくらい思ってるのだから、親の私たちはもっと思ってるって、気ぃつかってるの」
 おばあさんは祐子さんのお写真にむかって「私が代わってあげたかった」と涙をぬぐいながら、こう訴えます。
 「あんださえ帰ってきたら。お父さん、あんだのために大変なのよ。誰よりも彼よりも、お父さんさ、申し訳ない」
 
 ご主人のために、おじいさんもおばあさんも、踏ん張ります。ご主人も、ご両親のために、今日も安全運転に励んでいます。

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    Author

    小野智美(おの さとみ)
    朝日新聞社員。1965年名古屋市生まれ。88年、早稲田大学第一文学部を卒業後、朝日新聞社に入社。静岡支局、長野支局、政治部、アエラ編集部などを経て、2005年に新潟総局、07年に佐渡支局。08年から東京本社。2011年9月から2014年8月まで仙台総局。宮城県女川町などを担当。現在、東京本社世論調査室員。


    ​*著書

    小野智美『50とよばれたトキ──飼育員たちとの日々』(羽鳥書店、2012年)
    小野智美編『女川一中生の句 あの日から』(羽鳥書店、2012年)
    『石巻だより』(合本)通巻1-12号(2016年)

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