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​​東日本大震災(2011年3月11日)の震源地に最も近かった宮城県の牡鹿(おしか)半島。その付け根に位置する女川町を中心に、半島一帯を取材してまわる記者の出会いの日々を綴ります。老親の帰りを待つ人がいます。幼子の帰りを待つ人がいます。ここに暮らす人々の思いに少しでも近づけますように。──小野智美

第30便 花屋さん一家と<6> ベビーカー 

4/19/2014

 

 花屋さんがある仮設の商店街には、定食屋さん、居酒屋さんもお店を構え、そこは牡鹿半島を中古のマイカーでめぐる私のベースキャンプでもあります。
 2012年夏の昼下がり。
 定食屋を出ると、千秋さんのお店の前に、孫娘が座っていました。手にはカフェオーレの紙パック。こんにちは、と私も隣に腰かけましたら、「どうぞ」と笑顔でカフェオーレを差し出してくれました。ありがとう、でも、のどはかわいてないから、だいじょうぶよ。それから、おしゃべりを楽しみ、憩いの時間を過ごします。孫娘が保育園の年長組の時です。
 
 そのころ、お店にはベビーカーが置いてありました。
 孫娘のマイカーです。
 祖母の千秋さんが、手作りの免許証をベビーカーにとりつけてくれました。それを押しながら、9店舗が並んだ商店街を走り回っていました。「訓練の良いきっかけになりました」と母親の美智子さんは目を細めます。先天性脳性まひで、足に不自由があります。

 11年3月11日。地震の後、美智子さんは、幼い2人の姉妹を連れて高台をめざしました。姉は小学校入学を控えていました。ランドセルを自宅に置いたままです。取りに戻りたい気持ちをこらえました。2日前、最大震度5弱を観測する地震が発生し、美智子さんは夫と「地震があったら高台の小学校の校庭で待つ」と約束したばかりです。
 ここで戻れば、父ちゃんに怒られる。そう思いました。
 翌12日を、妹は、こんなふうに覚えています。「吐いたの。注射をぶすっと差したの。父ちゃんが白いタオルを首に巻いていた」。自家中毒を起こしましたが、病院で点滴を受け、すぐに落ち着きました。姉とは対照的に、ハキハキと話してくれます。美智子さんは「お昼寝していた時の地震だったので、怖い思いをしなかったのでしょう」。
 
 13年6月。
 町の小学校で避難訓練がありました。訓練でも、記憶がよみがえり、つらくなる子がいますので、学校はあらかじめ「参加したくない子は無理に参加することはありません」と伝えていました。前年は、休んだ子が複数いました。この年はみんな参加しました。訓練中は真剣そのもの。無駄話をする子は1人もいません。校長先生は「みなさん、大変りっぱでした。100点満点です」とたたえました。
 そこには、姉妹もいました。
 校長先生の話を聴き終え、みんなが立ち上がります。1年生も整列します。
 その時でした。
 妹の前に並んでいた子が、ふりむきもせず、自分の手をさっと後ろに差し出しました。妹はその手をとって立ち上がります。とても自然な動作でした。
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 その後、授業を終えた1年生の妹の教室をのぞいてみました。その日は、妹が教室の電気を消す係。先生が周りの子に声をかけます。「スイッチに手が届くよう、手前のオルガンを動かしてあげてください」。そして妹にも「『ありがとう』を言いましょう」。子どもたちの笑顔がはじけ、歓声がわき、にぎやかな休み時間が始まります。
 
 13年11月。
 その日も、美智子さんは私のこまかい注文に応えて、ピンクの鉢植えをそろえた花かごを作ってくれました。そばには新しいベビーカー。千秋さんの長女、伶奈さんの赤ちゃんが寝ていました。姉妹に、いとこが生まれました。
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    Author

    小野智美(おの さとみ)
    朝日新聞社員。1965年名古屋市生まれ。88年、早稲田大学第一文学部を卒業後、朝日新聞社に入社。静岡支局、長野支局、政治部、アエラ編集部などを経て、2005年に新潟総局、07年に佐渡支局。08年から東京本社。2011年9月から2014年8月まで仙台総局。宮城県女川町などを担当。現在、東京本社世論調査室員。


    ​*著書

    小野智美『50とよばれたトキ──飼育員たちとの日々』(羽鳥書店、2012年)
    小野智美編『女川一中生の句 あの日から』(羽鳥書店、2012年)
    『石巻だより』(合本)通巻1-12号(2016年)

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