2014年春。メロウド漁が始まりました。 仙台沖での漁を終え、女川港へ戻ってくる漁師さんの船、金宮丸です。 喫水線から大漁がうかがえます。ペンキ塗り中の金宮丸の姿と比べると、この日のメロウドの重みがずっしりと伝わってきます。 水揚げしたメロウドは5トンでした。 7.8トンまで積める金宮丸。海原を分け行く速さは22ノット。時速約40キロです。 午前2時に仮設住宅を出て、港へ戻ってくるのは午後3時ごろという長時間労働。帰りの航海中は「眠気が襲ってきて海へ落ちそうになる」と苦笑しながらも、豊漁に漁師さんの表情ははつらつとしています。 ところが、このあとから不漁がつづきました。自宅再建はこれから。3人の子の教育費も要ります。不安が募ります。「なんぼか奨学金があれば」。嘆きも漏れます。「土日にシラス捕りに行ってみたいんだ」。ですが、高校生の兄と中学生の妹の部活の送迎もあります。保育園児の末っ子を一人残して出かけるわけにもいきません。 綱渡りがつづきます。 14年夏。 私は東京へ戻ることになりました。引っ越しを2日後に控えた夜、仮設住宅に漁師さんを訪ねます。高校生の兄は外出中でした。 末っ子が新しいおもちゃを見せてくれました。大きなバスケットです。そこへ潜り込み、ジャンプするようにポーンとふたを開ければ、機械仕掛けの人形が飛び出すかのよう。キャハハと笑い声を立てながら、潜り込んではポーンと繰り返し演じてくれます。 カメラを向けていると、いつものように「わたしがとるー」。 では、交代です。父と中学生の姉もいっしょに、はい、ポーズ。 「だめー」。カメラマンは即、だめ出し。「へんがおしてー」 ではでは、小さなカメラマンへ、いっしょにあっかんべえ。 キャハハハ。カメラマンは声を立てて笑ってくれました。 皆で大いに笑った後、おいとましますねと玄関ドアから出たところで、えっ、と私は足を止めました。末っ子も靴を履いて出てきたのです。 あら、外はもう真っ暗だから、ここでさよならしましょうと言っても、末っ子はうつむいて、黙り込んでいます。中学生の姉も出てきて「お見送りするの?」と問いかけます。妹は下を向いたまま、コクンとうなずきました。 いえいえ、駐車場は遠いし、雨も降ってきたから、ここでさよならしましょう。姉も「雨だよ。ぬれるよ」と声をかけてくれるのですが、妹はまるで怒ったように玄関を背にして動きません。妹がぬれないように姉が傘を差し出し、小雨の中、2人一緒に駐車場まで来てくれました。 秋の中学校の運動会に来ますから、また会いましょうね。暗いから足元に気をつけて戻ってね。どんな言葉をかけても、妹は口を結び、目をふせたまま、車の後ろで仁王立ちになっています。 エンジンをかけ、運転席の窓を開け、手をふり、ゆっくりと発進します。街路灯のぼんやりとした明かりが、バックミラーに姉妹を映し出します。2人の姿はだんだんに小さくなって、やがて見えなくなりました。 14年秋。 姉の運動会を訪ねます。 妹もいました。元気だったかな。声をかけると、父の脚にしがみつくようにして隠れてしまいました。あらまあ。 子どもたちが喜怒哀楽を経験し、成長していく間、父は身を粉にして働きます。 運動会の後、水揚げしたカキを見せてもらいました。 カキにくっついていた水生生物たちは大慌て。芋虫のような彼らを見て改めて思います。海原で育ったカキは無農薬野菜と同じですね。 カキの塊が次々、分解されていきます。その速さたるや。ロープ1本分のカキを1個ずつそろえるのに1時間というスピードです。ロープ1本分のカキでざっくり1万円分。「時給1万円だっちゃ。コンパニオンに負けるなあ」と漁師さんは笑います。 カナヅチの勢い余ってカキそのものを分解してしまうことも。「たまにはプロでも壊すんだ。30円の損だ」。ユーモアをまじえて話してくれます。 とは言え「春まで休みなし。フラフラだっちゃ」。14年秋から15年春までに水揚げするカキはロープにして450本分。水揚げの合間に釣り客のための船も出します。 「昨日は」とカナヅチの手を休めずに話しつづけます。水揚げを終え、ほっとする間もなく、高校生の兄から「迎えに来て」と電話がかかってきたそうです。部活の送迎です。浜から直行します。漁師さんは中学生の姉に電話をかけて「おにいを迎えに行ってくるから、チンゲンサイを炒めてて。火、大丈夫か?」。「大丈夫……」 そこまで話して、漁師さんは急に「明日はお弁当だ!」と声を上げました。中学生の姉のお弁当の準備を忘れるところでした。 14年の暮れの夜。 仮設住宅のブザーを押します。 ドア越しに、ドドドドと元気な足音。また恥ずかしがって隠れてしまうかな、と私はドキドキ。ドアが開きました。末っ子は、私の顔を見るなり、身をよじるようにして「あー、ケーキ、のこしておけばよかったー」。まあ、うれしい言葉を。クリスマスケーキを私にも食べさせたかったというのです。 その夜は恥ずかしがることもなく、折り紙でコマを作ってくれました。何枚もの折り紙を使います。14年春は、メロウド漁へ出る父のため、母方の祖父母が留守番に来てくれました。兄の中学校の卒業式、姉の中学校の入学式にも出席し、祖母は末っ子と折り紙で遊んでくれました。その時に教わったものです。 コマはクルクルと見事に回転。見つめる顔に笑みがこぼれ、前歯の欠けた口元がのぞきます。まもなく永久歯が生えてきます。そのコマを帰りのお土産に持たせてくれました。その夜は、笑顔でさよならしました。 今はわが家にあるコマです。 コメントの受け付けは終了しました。
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Author小野智美(おの さとみ) Archives
3月 2019
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