Q: 定期試験前の駆け込み質問で申し訳ありません。憲法21条の表現の自由に関する質問なんですが。
A: ああいいですよ。なんですか。 Q: 憲法21条では「一切の表現の自由は、これを保障する」と規定されていますが、わいせつ表現や名誉毀損表現、犯罪の煽動などは刑罰の対象とされています。実際には「一切の表現の自由」が保障されているわけではないことは、誰もが知っていることです。この事態を説明するためには、憲法12条や13条を援用する必要があるのでしょうか。 つまり、憲法の保障する権利は、国民は「常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ」(憲法12条)という条項や、国民の権利は、「公共の福祉に反しない限り」において「最大の尊重を必要とする」(憲法13条)という条項を援用しない限り、わいせつ表現や名誉毀損表現が制約されていることは、正当化できないのではないか、ということですが。 A: 憲法の定期試験で不可をとりたくないのなら、そんなことは答案に書かない方がいいでしょう。あなた自身の身のためになりません。 Q: なぜですか? 筋は一応通っていると思うのですが。 日本の最高裁は、法令を違憲と判断することが稀であることで世界的にも知られている。数少ない法令違憲判断の中に、1987年に下された森林法違憲判決がある。
この判決では、持分価額が2分の1以下の森林の共有者は、共有林の分割を請求することができないとする森林法の規定が問題となった。共有者は、いつでも共有物の分割を請求することができるとする民法256条に対する特則となっている。たとえば、ある森林を2人で半分ずつ共有している場合、いずれの共有者も、持分価額は2分の1なので、分割請求ができないことになる。 最高裁の大法廷は、この森林法の規定には、森林経営の安定を図るという立法目的に照らして、必要性もなければ合理性もないことが明らかだとして、財産権を保障する憲法29条に違反するとした。この場合、本則にもどって民法256条の規定する通り、森林法の共有者は持分価額が2分の1以下でも、分割請求ができることになる。分割すれば、それまでの2分の1ずつを2人がそれぞれ単独所有することになる。 この判決で興味深いのは、物の所有のあり方は、単独所有が原則だと最高裁が明言していることである。なぜかというと、「共有の場合にあっては、持分権が共有の性質上互いに制約し合う関係に立つため、単独所有の場合に比し、物の利用又は改善等において十分配慮されない状態におかれることがあり、また、共有者間に共有物の管理、変更等をめぐって、意見の対立、紛争が生じやすく、いったんかかる意見の対立、紛争が生じたときは、共有物の管理、変更等に障害を来し、物の経済的価値が十分に実現されなくなる」からである。そして、「共有物分割請求権は、各共有者に近代市民社会における原則的所有形態である単独所有への移行を可能ならしめ、[物の経済的効用を十分に発揮させるという]公益的目的をも果たすものとして発展した権利」である(下線筆者)。 単独所有が原則であるからこそ、共有物の分割請求権を制限すると、憲法の保障する財産権を制約していることになるし、必要性と合理性において十分に正当化されない限り、そうした憲法上の権利の制約は違憲となる。違憲とされれば、実定法の状態は単独所有が原則とされる民法256条の規定通りの状態に回帰することになる。いわゆるベースラインへの回帰である。 |
Author長谷部恭男
(はせべやすお) 憲法学者。1956年、広島に生まれる。1979年、東京大学法学部卒業。東京大学教授をへて、2014年より早稲田大学法学学術院教授。 *主要著書 『権力への懐疑──憲法学のメタ理論』日本評論社、1991年 『テレビの憲法理論──多メディア・多チャンネル時代の放送法制』弘文堂、1992年 『憲法学のフロンティア』岩波書店、1999年 『比較不能な価値の迷路──リベラル・デモクラシーの憲法理論』東京大学出版会、2000年 『憲法と平和を問いなおす』ちくま新書、2004年 『憲法とは何か』岩波新書、2006年 『Interactive 憲法』有斐閣、2006年 『憲法の理性』東京大学出版会、2006年 『憲法 第4版』新世社、2008年 『続・Interactive憲法』有斐閣、2011年 『法とは何か――法思想史入門』河出書房新社、2011年/増補新版・2015年 『憲法の円環』岩波書店、2013年 共著編著多数 羽鳥書店 『憲法の境界』2009年 『憲法入門』2010年 『憲法のimagination』2010年 Archives
3月 2019
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