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*本連載は、長谷部恭男『憲法学の虫眼鏡』として書籍になりました(2019年11月)。ここをクリックして編集する.

その20 統治権力の自己目的化と濫用

3/9/2019

 
モーシェ・ハルバータルとスティーヴン・ホームズの共著『政治のはじまり』(Moshe Halbertal and Stephen Holmes, The Beginning of Politics: Power in the Biblical Book of Samuel (Princeton University Press, 2017))は、第2章で『サムエル記』が伝えるノブの大虐殺を分析する。
 イスラエルの王サウルは、自身の女婿であり側近の武将でもあったダビデが王位をうかがおうとしているのではと疑い、その命を奪おうとする。ダビデはサウルの息子ヨナタンとサウルの娘ミカルの助けで危うく難を逃れ、ノブに住むヤハウェの祭司アヒメレクを訪ねる。供も連れずただ一人であらわれたダビデをアヒメレクは不安げに迎え、なぜ一人なのかと問う。ダビデは、王サウルの密命を帯びて急遽出立したと嘘をつく。供とはこれから落ち合うところだが、何か食糧はないか、武器はないかと訊ねる。お供えものの聖別されたパンはある、ダビデがかつて討ち倒したペリシテ人ゴリアテの帯びていた剣ならあるとアヒメレクは答える。ダビデはお供えのパンとゴリアテの剣を得て、逃亡の旅を続ける(I 19: 1 – 21: 10)。
 他方、被害妄想にとりつかれた王サウルは側近の臣下に、なぜおまえたちは共謀して自分に背くのか、なぜヨナタンとダビデが契約を結んだことを誰も自分に告げないのか、と当たり散らす。しかしサウルは、そもそもイスエラルの王になりたくてなったわけではない。サムエルが民をミツパに集め、くじによってまず部族を、そして氏族を選び、最後にサウルを王として選んだとき、サウルは荷物のかげに隠れていた(I 10: 22)。
 しかし、イスラエルの民をペリシテ人をはじめとする周辺の敵対者から守るため、民に望まれ、心ならずも王に選ばれたサウルは、次第に王の地位に恋々としはじめる。ダビデが巨人ゴリアテを討ち倒して戦いを勝利に導いたのち、人々が「サウルは千を討ち、ダビデは万を討った」と喜び歌うのを聞いて、サウルは怒りに燃え、「ダビデには万を当て、私には千を当てる。彼に与えるとすれば、あとは王国だけだ」と言い放つ(I 18: 6-8)。民の幸福と安全を保障する手段であるはずの王位が、被害妄想と猜疑心にさいなまれたサウルにとっては自己目的化し、人民や臣下はもちろん自身の息子や娘にいたるまで、手段としてはならないものまでが、王位を保つための手段と化す。権力は私物化され、権力者はその虜となる。
 側近の部下に対してまで、自分の地位をダビデに渡すために共謀しているのかと尋ねるサウルに情報をもたらしたのは、エドム人、つまり異邦人のドエグであった。彼は、祭司アヒメレクがダビデに食糧を与え、ペリシテ人ゴリアテの剣をも与えたと告げる。アヒメレクはダビデに騙されてそうしたのだが、ドエグはあたかもアヒメレクがダビデと共謀しているかのように語る。これでサウルの猜疑心は、側近の臣下から、ノブの祭司アヒメレクへと向かった。
 サウルは、アヒメレクだけでなく、彼の一族すべてを呼び出し、なぜダビデと共謀して自分に背いたかとアヒメレクを詰問する。
 ​アヒメレクは、ダビデに騙されたと答えることもできたはずである。しかし彼は、ダビデがサウルの臣下の中でも最も忠実で一族の中で最も尊敬されている人物であることを指摘する。サウルとダビデとが反目していることについて、彼が一切何も知らなかったのも当然である。ダビデに対して強い猜疑心を抱き命を狙うサウルを暗に批判する応答である。
 サウルは激怒し、アヒメレクだけでなく、彼の一族すべては死ななければならないと言い、護衛の者たちにダビデと手を握るヤハウェの祭司どもを殺せと命ずる。しかし、臣下たちは祭司に手を出そうとしない(I 22: 17)。
 ハルバータルとホームズは、ここに権力のある普遍的な特質があらわれていると言う(Halbertal and Holmes, op. cit., p. 75)。あらゆる統治者と同じく、サウルも臣下の協力を必要とする。王がその命令を執行させるには、現場で武力をふるう執行者にとって、王の命令が正当性を帯びるものでなければならない。直接に実力を行使する部下が一致して協力を拒むとき、王の命令はもはや命令として機能しない。アヒメレクは同じイスラエル一族の司祭であり、神に仕える者である。また、たとえアヒメレクがダビデと共謀していたとしても、彼の一族がすべて殺されねばならないのであろうか。
 部下の抵抗に直面したサウルは、ドエグに、おまえが祭司どもを討てと命令する(I 22: 18)。ドエグは異邦人である。アヒメレクもその一族も、ドエグにとって同胞ではない。支配する人民の信頼を失った統治者にとって頼りとなるのは、異邦人の傭兵である。ドエグは祭司85人を殺し、さらに祭司の町ノブを襲って、男女を問わず、子どもや乳飲み子にいたるまでを刃にかけた。家畜も同様に皆殺しである。同胞であることを信頼の証となし得ないドエグにとって、王のおぞましい命令を忠実に執行することこそが、自身の身を守ることになる。臣下の信頼を失った王と同胞を頼りとなし得ない異邦人の傭兵とは、大虐殺において密接な共犯関係に立つ。その結果、王と傭兵とはさらに自分たちを孤立させることになるのだが。
 アヒメレクの息子エブヤタルだけが難を逃れ、ダビデのもとに走り、サウルによる祭司たちの虐殺について知らせた。ダビデのことばは奇妙に冷静である。私があなたの父の家の者全員を死なせてしまった、私の命を狙う者は、あなたの命をも狙う、私と一緒にいれば、あなたは安全だと、ダビデはエブヤタルに言う(I 22: 22-23)。

さらに詳しく

    Author

    長谷部恭男
    ​(はせべやすお)
    憲法学者。1956年、広島に生まれる。1979年、東京大学法学部卒業。東京大学教授をへて、2014年より早稲田大学法学学術院教授。

    *主要著書 
    『権力への懐疑──憲法学のメタ理論』日本評論社、1991年
    『テレビの憲法理論──多メディア・多チャンネル時代の放送法制』弘文堂、1992
    年
    『憲法学のフロンティア』岩波書店、1999
    年
    『比較不能な価値の迷路──リベラル・デモクラシーの憲法理論』東京大学出版会、2000
    年
    『憲法と平和を問いなおす』ちくま新書、2004
    年
    『憲法とは何か』岩波新書、2006
    年
    『Interactive 憲法』有斐閣、2006
    年
    『憲法の理性』東京大学出版会、2006
    年
    『憲法 第4版』新世社、2008
    年
    『続・Interactive憲法』有斐閣、2011年
    『法とは何か――法思想史入門』河出書房新社、2011年/増補新版・2015年
    『憲法の円環』岩波書店、2013年
    共著編著多数

    羽鳥書店
    『憲法の境界』2009年
    『憲法入門』2010年
    『憲法のimagination』2010年

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