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10  元祖は皇帝ナポレオン?

7/8/2018

 
「いや要するに、マダム、貴女方は何も不平をおっしゃるには及ばないのですよ」と彼は意味ありげに微笑しながら言葉をつづけた。「魂はお持ちだと認めてさしあげたのだから。ご存じのように、決定しがたいという哲学者もおりますよ。平等だとおっしゃりたい? それは狂気の沙汰ですな。女というのはわれわれの所有物(propriété)であるが、われわれは女の所有物ではない。女はわれわれの子供を作ってくれるが、男が女の子供を作ることはない。それゆえ、実のなる木がその木を育てる庭師のものであるように、女は男の所有物である。男が妻を裏切って浮気をしたら、正直に白状して、後悔すればよい、それできれいさっぱり跡形も残らない。女房は怒るかもしれないし、赦すかもしれないし、あるいは適当に折り合いをつけるかもしれない、それで得をすることだって、たまにはあるだろう。ところで妻の浮気となると、そうはゆかない。白状して、後悔しても、なんの意味もない、きれいさっぱり跡形も残らないなんて、誰が保証できますか? なされた悪は修復できない。それゆえ女は身に覚えがないと言い張るべきであって、ほかにやりようはない。そうしたわけで、マダム、お認めいただけるでしょうが、よほど判断力がないか、俗っぽい考えに囚われているか、教養が不足しているか、というのでないかぎり、妻が自分の夫とあらゆる点において同等であるなどと考えるようになろうはずはないのです。だいいち、相違があるからって不名誉なわけではありませんよ。それぞれに特性と義務というものがある。貴女方の特性は何かといえば、マダム、それは美であり優雅であり魅惑である。貴女方の義務は何かといえば、それは従属と従順である」
 
 「語られる言葉」の肉声を思い浮かべながら、こんな感じかなあ、と日本語に移し替えているだけで、じわじわと、かなり、腹が立ってきました。19世紀フランスの「姦通小説」のロジックがここに凝縮されており、今日的な「セクシュアル・ハラスメント」の原点もここにある。出典はラス・カーズの『セント=ヘレナ覚書』(1823年)――でも、録音機器もなかった時代に、これが退位した皇帝の台詞をそのまま「書かれた言葉」に移し替えたものだという保証がどこにある? 著者のラス・カーズが巧みに造形したフィクションかもしれないでしょ? という抗議の声が聞こえてきそう。じつは2017年の末に、この『覚書』の元原稿とみなされるラス・カーズの『日記』が初めて書物のかたちで公開されました(*1)。これは近年のナポレオン学の興味深いトピックなのですけれど、その話は後回しにして‥‥‥。女性蔑視の見本のような長い台詞のキーワードはpropriétéであるという観点から分析したいと思います。
 ご存じのように近代法の基本原則とされる「私的所有権」private property / propriété privéeを体系化したのが、ナポレオンの名を冠した1804年の民法典なわけですが、ある歴史家の言によれば、フランス革命の精神――「法の前の平等」「所有権の不可侵」「経済活動の自由」等――を見事に制度化した法典にも「時代遅れ」な部分はあった、なぜなら女性は法的な主体と認められず「妻の地位」が低くなったから、とのこと。この記述を読んで、わたしは唖然としました。まるで、その「時代遅れな一面」をちょいと手直しすれば――痛む虫歯を1本抜くみたいに――問題は解決するといわんばかり。民法典は社会の「秩序」を支える構造体なのだから、たとえば「妻が夫の所有物」であるような家族像と、これを包摂する「ジェンダー秩序」を解体し、全体を再構築しなければダメなのです。ヨーロッパは2世紀をかけてそれをやってきた‥‥‥。なんてこと、その歴史家は、考えもしないのでしょうね。上記ナポレオンの台詞も、たしかに「時代遅れ」だけど、こういうことをヌケヌケと言えた昔の男は気楽だよね、という顔をして――それこそ「意味ありげに微笑しながら」――読み飛ばすかもしれない。そういう男性、皆さんの身の回りにはいないと断言できますか?
 女もひとりの人間であるのなら、男のpropriétéにはなりえない。そう断言したのは、スタール夫人です。ナポレオンに国外追放され、レマン湖の畔コペの城館で軟禁状態にあったとき書き始めた『自殺論』(1812年)のなかで展開される議論です。おりしもベルリン在住の著名な劇作家クライストが人妻と心中するという事件が起きて、これがロマン主義的な愛の崇高なる成就であるかのような論調が世論を支配した。スタール夫人は賛美の風潮を批判して、男が女をピストルで撃ち、ただちに自殺したというけれど、たとえ女の合意があったとしても、人間の意志などは一過性のものだから、これは正真正銘の殺人であり、他人の生に対する「残忍な所有」féroce propriétéにほかならないと指摘したのです。自立した個人とは何か、という問いかけでしょう。人は人を所有できない。人は他人の生を神聖なものとみなし、独りで死んでゆく人間の孤独を引き受けなければならない――スタール夫人の主張は普遍的に、つまり男にとっても女にとっても正しいのではありませんか? そしてこれはまた、徹底した「反ナポレオン」の哲学ともいえる。もちろん、ご紹介したナポレオンの台詞が本人の本音であると仮定しての話ですが。

さらに詳しく

    Author

    工藤庸子
    ​(くどうようこ)
    ​フランス文学、ヨーロッパ地域文化研究。東京大学名誉教授。1944年生まれ。

    *主要著書・訳書
    『恋愛小説のレトリック――『ボヴァリー夫人』を読む』(1998年)
    『ヨーロッパ文明批判序説――植民地・共和国・オリエンタリズム』(2003年)
    『近代ヨーロッパ宗教文化論――姦通小説・ナポレオン法典・政教分離』(2013年)
    『評伝 スタール夫人と近代ヨーロッパ――フランス革命とナポレオン独裁を生きぬいた自由主義の母』(いずれも東京大学出版会、2016年)
    マルグリット・デュラス『ヒロシマ・モナムール』(河出書房新社、2014年)

    羽鳥書店
    『いま読むペロー「昔話」』訳・解説(2013年)
    『論集 蓮實重彦』編著(2016年)
    『〈淫靡さ〉について』蓮實重彦との共著(2017年)

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