みなさま、こんにちは。宮城県の牡鹿半島からお便りしています。ここ牡鹿半島も10月、長い長い酷暑からようやく解放されました。やわらかい秋の日差しにほっと息をついていましたら、健太さんのお父さんから、こんなお便りをいただきました。 「日暮れが早くなり、涼しくなってくると、いやな気持ちになりますね」 思い出すのです。春まだ浅く日暮れも早かった2011年3月11日を。 長男の健太さんは25歳でした。東京の大学を卒業後、生まれ育った宮城県に戻り、全国屈指の地方銀行、七十七銀行に就職しました。 最初は仙台市の支店で働き、2010年春、女川町の女川支店へ転勤しました。あの日も、女川港そばの支店にいました。12人の行員と共に2階建ての支店の屋上へ避難しましたが、津波が到達します。次の週末には恋人を両親に紹介する予定でした。 牡鹿半島で取材を始めて1年が過ぎ、2度目の秋を迎えました。自戒を繰り返す毎日です。忘れている時があるのです。めぐる季節に、心浮き立つ人もいれば、心が沈む人もいることを。 写真は、この秋に撮影した牡鹿半島へ向かう私の通勤路、東松島市の大曲浜(おおまがりはま)の景色です。地平線に並ぶ家々をご覧いただけますでしょうか。遠目には閑静な住宅街に見えるのですが、いずれも津波で被災し、今は空き家になっています。
この光景を初めて見た1年前、まさに胸がぎゅっと締め付けられるような痛みを覚えました。よそから来た私でさえ、これほど痛く感じるのですから、この地に暮らす人々はどれほど切ないでしょう。ここにいたい。一緒にいたい――あの時、心の底から、その思いだけがわきあがってきました。 コメントの受け付けは終了しました。
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Author小野智美(おの さとみ) Archives
3月 2019
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