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​​東日本大震災(2011年3月11日)の震源地に最も近かった宮城県の牡鹿(おしか)半島。その付け根に位置する女川町を中心に、半島一帯を取材してまわる記者の出会いの日々を綴ります。老親の帰りを待つ人がいます。幼子の帰りを待つ人がいます。ここに暮らす人々の思いに少しでも近づけますように。──小野智美

第15便 床屋さん夫婦と<3> お茶っこ

4/23/2013

 

 床屋さんでは、おっ父が男性客、おっ母が少年客と私の担当です。
 ほかにお客さんがいない時、「お茶っこ飲んでって」とおっ母は勧めてくれます。入り口そばの丸椅子に腰掛け、コーヒーをはさんで、床屋談義に花が咲きます。
 「お茶っこ」。東北育ちではない私も、このごろ、この言葉が口をついて出るようになりました。お菓子を持参して「お茶っこの時にどうぞ」。もう一つ使うようになったのは「学校さ行くので」。取材を控えている時はそう申し上げ、お茶っこを辞退します。
 店舗は、夫妻の仮設住宅から徒歩15分ほど先。コンテナを利用した小さな仮設商店街の一画にあります。店内の客席は当初、美容院専用の椅子でした。今は、寄贈された床屋専用の中古の椅子を活用しています。
 昨年秋、お店の奥から、また、お店の入り口から撮らせていただいたおっ父とおっ母の写真をご紹介しましょう。
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 お茶っこのひととき。おっ母が携帯電話に保存した大事な写真を見せてくれました。
 震災前のお店の中、客席に男の子がひとり。てるてる坊主のように、白い刈布(かりふ)を首に巻きつけてもらい、満面に笑みを浮かべて写っています。
 3歳の孫息子です。おっ父に初めて髪を切ってもらった時の写真です。長女の夫と一緒にお店へやってきました。それまでは、おっ母が髪を切っていましたが、毎回、大泣きするので、その間ずっと長女の夫が抱きかかえていました。
 「でも、この時はね、ひとりで椅子に座ったの。パパがね、電気カミソリでひげをそるたび、耳元に近づけて、ほら、おっかねぐねえべ、って。モーターの音に慣れさせてから連れて来たの。だから、お父さんがバリカンをあてても泣かなかったのよ」とおっ母。「えらかったね」と、みんなに褒められ、てるてる坊主はちょっと得意げな笑顔です。
 「ママと一緒の時にね」。おっ母の話が続きます。
 冗談で盛り上がり、おっ母が長女を軽くはたきました。すると、そばにいた孫息子は顔色を変えて「やめろお、やめろお、ぼくがママをまもるんだ」と声を上げました。ちょっと舌足らずの「まもるんだ」はテレビのヒーローの言葉をまねています。
 「それが可愛いくてねえ、また、はたくふりをするの。やめろお、ってね。あの可愛い声が忘れられないの」
 
 おっ母は涙をぬぐい、ほほ笑みながら、こう続けました。
 「いつか、この写真を見ながら、娘と話せたらいいなと思っているの。10年たったら、話せるようになるかしらね」
 それまで黙って聞いていたおっ父が、ぼそっと漏らしました。
 「だめだな。10年たっても、だめだな……」
 おっ父も、長女の悲しみを、自分の胸に抱きしめています。

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    Author

    小野智美(おの さとみ)
    朝日新聞社員。1965年名古屋市生まれ。88年、早稲田大学第一文学部を卒業後、朝日新聞社に入社。静岡支局、長野支局、政治部、アエラ編集部などを経て、2005年に新潟総局、07年に佐渡支局。08年から東京本社。2011年9月から2014年8月まで仙台総局。宮城県女川町などを担当。現在、東京本社世論調査室員。


    ​*著書

    小野智美『50とよばれたトキ──飼育員たちとの日々』(羽鳥書店、2012年)
    小野智美編『女川一中生の句 あの日から』(羽鳥書店、2012年)
    『石巻だより』(合本)通巻1-12号(2016年)

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