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​​東日本大震災(2011年3月11日)の震源地に最も近かった宮城県の牡鹿(おしか)半島。その付け根に位置する女川町を中心に、半島一帯を取材してまわる記者の出会いの日々を綴ります。老親の帰りを待つ人がいます。幼子の帰りを待つ人がいます。ここに暮らす人々の思いに少しでも近づけますように。──小野智美

第21便 漁師さん親子と<1> 草取り

8/16/2013

 

 震災前の夏。ここ牡鹿半島の入り江には、青色のキャンバスに黄色や赤、黒の点描をほどこしたようなカラフルな海がありました。ここではカキやホタテの養殖が盛んです。養殖に使うプラスチック製の浮き樽や浮き球が、海を彩っていたのです。
 
 今年7月、女川湾の北、尾浦(おうら)で、私は漁師さんの船に乗せていただきました。小雨に煙る海の色調は、モノトーンではありますが、水面には浮き樽が秩序正しく並び、なつかしい海の色彩を少し取り戻していました。
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 漁師さんが船から海へおろしているのが、浮き樽です。
 
 カキは3年かけて育てます。その間、カキが育って重くなり、ロープが沈みかければ、樽を足します。樽は、震災後、買いそろえなければなりませんでした。1個約1万5千円です。全長200メートルのロープが、海面に並んだ樽に結びつけられています。はじの樽で折り返していますから、100メートルのロープが2本浮かんだ格好になります。
 
 そのロープに、約60センチ間隔で、長さ10メートルのロープを結びつけ、海中に垂らします。海中のロープは全部で300本。それぞれにホタテの貝殻約30枚ずつが結びつけられ、その1枚1枚に、小さな種ガキが数十個、時には数百個もついています。海中はこんな様子です。広島県の宮島の水族館で撮った写真をご覧いただきましょう。
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​ 3年後にはロープ1本から殻つきのカキが約250個とれるそうです。海域は水深約27メートル。ロープが流れないよう、いかりをつけてあります。いかりは、車のタイヤを半分まで埋め込んだコンクリートブロック。タイヤの輪にロープを通します。サイズは巨大ですが、見た目が似ているので、このいかりを「豆腐」とも呼びます。
 
 ――お手伝いできることはありますか?
 海仕事はしろうとの私。ためらいつつ、申し出てみました。
 漁師さんは笑顔で「海に落ちないで。それだけでいいから」。ありがとうございます。
 船上の漁師さんは働き通しです。樽の次は、ロープについたワカメの刈り取り。
 「ワカメは雑草みたいなもの」
 手を動かしながら、説明してくれます。
 「水温が高くなると、腐って落ちるけど、日当たりが悪くなるから。ロープの負担にもなるしね」
 田んぼの草取りに重なります。
 「これがホヤとムール貝」
 ロープの端をつまみます。そこに二つの小さな赤いホヤ。周りに黒いムール貝。私は感動しながらシャッターを押しますが、漁師さんは「ごみみたいなものだよ」。
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 ――ところで、どの樽も同じに見えます。自分の所だと思い込み、実は、よその樽で草取りしていた、
ということはありませんか?
 漁師さんは笑いながら「おらも、田んぼを見て、そう思うよ。田んぼはみんな一緒だもん。でも、あの人たちも間違わねぇでやってるでしょ。それと一緒」。「船の上が一番落ち着く」。ひととき、何事もなかった震災前の日常の思い出に浸ります。
 
 乗せていただいた船は2トン級。今年5月に届いた新造船です。岸壁へ戻るため、小舟に乗り換えます。私は船べりに腰をおろし、こわごわ乗り移るのですが、漁師さんはひょいと身軽に移ります。彼は小舟から船を振り返り、笑顔で一言。
 「あれはね、おにいではなくて、おっかあ」
 舳先に「智」の字。長男の名前の一文字ですが、それは妻の智子さんから受け継いだものです。新造船には妻への思いをこめました。
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 漁師さんは、両親と妻と3人の子の7人家族でした。あの日、両親と妻は、尾浦の浜辺の自宅にいましたが、津波で流されました。智子さんは38歳でした。
 
 漁師さんには11歳と9歳と2歳の子が残されました。海では漁にいそしみ、陸(おか)では家事に育児に大忙しです。

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    Author

    小野智美(おの さとみ)
    朝日新聞社員。1965年名古屋市生まれ。88年、早稲田大学第一文学部を卒業後、朝日新聞社に入社。静岡支局、長野支局、政治部、アエラ編集部などを経て、2005年に新潟総局、07年に佐渡支局。08年から東京本社。2011年9月から2014年8月まで仙台総局。宮城県女川町などを担当。現在、東京本社世論調査室員。


    ​*著書

    小野智美『50とよばれたトキ──飼育員たちとの日々』(羽鳥書店、2012年)
    小野智美編『女川一中生の句 あの日から』(羽鳥書店、2012年)
    『石巻だより』(合本)通巻1-12号(2016年)

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