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​​東日本大震災(2011年3月11日)の震源地に最も近かった宮城県の牡鹿(おしか)半島。その付け根に位置する女川町を中心に、半島一帯を取材してまわる記者の出会いの日々を綴ります。老親の帰りを待つ人がいます。幼子の帰りを待つ人がいます。ここに暮らす人々の思いに少しでも近づけますように。──小野智美

第24便 漁師さん親子と<4> 春の魚

10/30/2013

 
 
 今年3月6日。震災後初めて漁師さんは船を出しました。カキ養殖の船より大きい7.6トンの船です。午前2時過ぎに女川港を出発。午後4時前に戻りました。
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​ 水揚げするのはメロウド。漁師さんの顔に笑みがこぼれます。メロウドは細長い魚です。その稚魚はコウナゴです。
 
 メロウド漁は、漁師さんが小学生の頃、父親が手がけていました。その後、父親はカキ養殖に専念し、そこに漁師さんも加わりました。17年前、「やっかぁ」と父親が言い出し、漁師さんも「やっぺぇ」と応じ、漁を再開しました。2人とも、メロウド漁が好きでした。港から80キロほど沖へ。メロウドの群れを探す手がかりは、水際に集まるカモメと、海面を跳びはねるオットセイの動き。彼らもメロウドを探しています。
 
 見つけたら、舳先から、電信柱のような、長さ13メートルの棒2本を一気に海中へ。重さ数百キロの棒の名称は「アゾ」。2本の間に取り付けられた網を広げ、魚群をすくいとります。アゾは機械で動かしますが、その機械はひとの手で操作します。カモメやオットセイに先駆け、網にオットセイをひっかけず。このタイミングを体得するのに「10年かかる」と漁師さん。いまでも「毎日が勉強だっちゃ。生き物とるんだもの」。
 
 漁期は3月から5月。「春を告げる魚」とも呼ばれています。カキのシーズンが終わる頃なので、養殖と両立できます。メロウド漁の話になると、声が弾みます。
 「網を起こしている時も楽しい。船にいっぱい積んでいく時も楽しい。とるというのは面白い」
 
 にぃには、小学生の時に二度、漁に連れて行ってもらいました。オットセイを見たいと思ったのです。メロウドの群れがいると、水の色が変わり、海は赤黒くなる、とも聞きました。ところが、一度目は、しけの日。漁の最中、ずっと横になっていました。「次はしけない時に行きたい」と頼みました。二度目は、近い漁場へ。カモメの群れをおっ父に教えました。「よく見つけたな」。おっ父が褒めてくれました。
 
 にぃには、えらいな。私はすぐに船酔いするので、漁の取材は敬遠しているのです。そう申し上げると、漁師さんは「誰でも酔う。おれも酔う。あれは慣れだよ」。震災前は海の状況がよければ、毎日のように出漁しました。家事も育児もこなさなければならない今年は、週2、3回しか漁に出られません。春は、学校も保育園も、運動会や授業参観の行事が続きます。体は慣れず、船酔いがつづきました。仮住まいの狭い部屋では体も休まらず、腰痛にも苦しみました。
 
 母親と妻に代わり、家事を引き受けるものの、四苦八苦の毎日です。3人の子の遠足が相次ぎ、3人目のお弁当を作り忘れ、コンビニへ走ったこともありました。小学生の子の合宿に「何を用意したらよいのか」と途方に暮れたこともあります。「漁師って言っても魚さばかれねぇ。男なんて、そんなもん」と漁師さん。炊飯器も洗濯機も、初めて使います。電子レンジはまだ使いこなせません。仮設の集会所の「男の料理教室」でレバニラ炒めを習い、それが食卓の定番になりました。子どもたちに言います。
 「おれたちは、生きるか死ぬか、しかねぇんだ。おいしいか、おいしくないかのレベルではない」
 「おめえら、うちは不良をする暇はねぇぞ」
 漁師さん自身、3人の子がいないところで「うつになっている暇はねぇんだ」と涙をぬぐい、自分を奮い立たせています。
 
 子どもたちもわかっています。にぃにも、ねぇねも、あれを食べたい、これを買って、とせがんだことはありません。にぃには、おっ父の前では泣きません。ねぇねが、おっ父の胸で泣いたのは一度きり。友だちの家で遊んで帰ってきた時のことでした。友だちの母の姿に、おっ母の不在が耐えられなかったのです。その後はもう涙を見せません。
 
 今年春。漁師さんが出かけた後の仮設住宅で、にぃにに尋ねました。メロウドのどんな料理が好きですか。
 「刺し身とか。みそ汁もおいしい」
 みそ汁は、ばっぱがよく作ってくれました。
 
 家事が苦手な漁師さん。ですが、仮設住宅では早朝から洗濯機を回し、朝食を作り、働き通しです。船上にいる時と同じですね。台所はつねに整理整頓が行き届いています。今年夏。きれいな台所にカメラを向けましたら、大王さまが喜び勇んでやってきました。4歳のカメラマンと交代しましょう。台所を背に、11歳の姉が、妹のために、はい、ポーズ。
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    Author

    小野智美(おの さとみ)
    朝日新聞社員。1965年名古屋市生まれ。88年、早稲田大学第一文学部を卒業後、朝日新聞社に入社。静岡支局、長野支局、政治部、アエラ編集部などを経て、2005年に新潟総局、07年に佐渡支局。08年から東京本社。2011年9月から2014年8月まで仙台総局。宮城県女川町などを担当。現在、東京本社世論調査室員。


    ​*著書

    小野智美『50とよばれたトキ──飼育員たちとの日々』(羽鳥書店、2012年)
    小野智美編『女川一中生の句 あの日から』(羽鳥書店、2012年)
    『石巻だより』(合本)通巻1-12号(2016年)

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