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​​東日本大震災(2011年3月11日)の震源地に最も近かった宮城県の牡鹿(おしか)半島。その付け根に位置する女川町を中心に、半島一帯を取材してまわる記者の出会いの日々を綴ります。老親の帰りを待つ人がいます。幼子の帰りを待つ人がいます。ここに暮らす人々の思いに少しでも近づけますように。──小野智美

第27便 健太さんの家族<7> 同級生

1/10/2014

 

 両親が署名活動を始めたのは、2012年12月1日でした。
 仙台の街頭に立ちます。
 お父さんは、用意した横断幕の前でハンドマイクを手に、署名を呼びかけました。
 この日の最高気温は4.7度。北北西の風が吹き付け、氷点下のような寒さを感じます。
 マイクを握るお父さんの手は真っ赤です。
 手袋をしたらいかがですか、と私が話しかけると、お父さんは「いや、健太に笑われてしまう」。2時間、お父さんは素手を通しました。
 
 両親にとって初めての署名活動。
 お母さんは声が出ません。
 誰にどう切り出したらよいかもわかりません。
 手作りの看板を背負って、立ち尽くしていました。
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​ そんな両親のかたわらで、来る人、来る人に、頭を下げ、チラシを差し出していたのは、健太さんの大学の同級生です。東京から駆けつけてくれました。
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 初日のこの日、131人の署名を集めました。
 
 13年3月9日。両親はお墓に遺骨を納め、三回忌の法要を開きました。
 11日よりも土曜日の9日がいいですよ。みんなが集まれるから。そう両親に教えてくれたのは、健太さんの小中学校の同級生、ヤッスです。
 一緒に通学しました。
 毎朝、健太さんの家の前に10人ほどの男の子が集まります。
「健太っつぁん」「おぃー」
 健太さんだけが、「つぁん」付けです。親分を呼ぶような響きです。どっしり構えた感じがありました。おしゃべりではありませんが、話しかけづらいこともありません。
 一緒に遊んだのは、かくれんぼ、カンけり、たかおに、野球も。
 通学路は当時のままに残っています。
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​ 震災の半年後の9月に健太さんが帰ってきました。
 10月の葬儀で高校の野球部の仲間は「栄冠は君に輝く」を歌いました。
 11月から、ヤッスは月命日に両親を訪ねるようになりました。
 「できることは、それくらいしか、ないので」
 両親のことが心配でした。
 「話すことで気を紛らせることができたらいいなと思って」
 
 お父さんは、お墓に健太さんらしい文言を刻みたいと思い、自分の筆で書きました。
   みんなと過ごせた日々
   共に汗を流した仲間たち
   支えてくれたみんな
   愛しき人 ありがとう
   結んだ絆は未来永劫
   これからも 見守ってっからや
 これは、ヤッスに添削してもらったものです。
 お父さんは最後の言葉を「見守ってるからね」と記したのですが、ヤッスが「見守ってっからや、というほうが、健太っつぁんらしい」と助言してくれました。
 
 三回忌法要の後、同級生と彼らの両親約40人が会食につどいました。
 お父さんがミットの彫刻を会場に持ち込みました。
 同級生たちが手にすれば、ずしりと重く、「おおっ」と驚きの笑顔を見せます。
 みんなが順に思い出を語ります。
 
 「小学4年の時のおしっこ事件」を語ってくれたのは、ヨッシーです。
 学校2階のトイレの窓から、おしっこすると、気持ちいいんだべっちゃ。そう言ったのは、健太っつぁんでした。それ以来、みんなそろって青空へ放尿。すると、偶然にも、ひとりの子の放物線が、校庭を歩いていた校長先生の頭に命中しました。見上げれば、トイレの窓。言い出したのは、おまえだろ、とヨッシーが叱られました。
 
 会場は笑い声に包まれます。
 ヨッシーも笑顔で結びます。
 「健太っつぁんは、みんなが楽しい場が好きだったので、またこういうふうに集まれて、いま喜んでいると思います」
 涙のあとがのこる両親の目に、笑みが浮かんでいました。

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    Author

    小野智美(おの さとみ)
    朝日新聞社員。1965年名古屋市生まれ。88年、早稲田大学第一文学部を卒業後、朝日新聞社に入社。静岡支局、長野支局、政治部、アエラ編集部などを経て、2005年に新潟総局、07年に佐渡支局。08年から東京本社。2011年9月から2014年8月まで仙台総局。宮城県女川町などを担当。現在、東京本社世論調査室員。


    ​*著書

    小野智美『50とよばれたトキ──飼育員たちとの日々』(羽鳥書店、2012年)
    小野智美編『女川一中生の句 あの日から』(羽鳥書店、2012年)
    『石巻だより』(合本)通巻1-12号(2016年)

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