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​​東日本大震災(2011年3月11日)の震源地に最も近かった宮城県の牡鹿(おしか)半島。その付け根に位置する女川町を中心に、半島一帯を取材してまわる記者の出会いの日々を綴ります。老親の帰りを待つ人がいます。幼子の帰りを待つ人がいます。ここに暮らす人々の思いに少しでも近づけますように。──小野智美

第38便 床屋さん夫婦と<6> 路地の潮風

9/11/2015

 

 2015年3月最後の土曜日。待ち望んだ日が来ました。
 始発列車で出かけます。車窓の外は日の出を迎え、空も、雲も、高層ビルも、桜色に染まっていきます。
 東北新幹線「やまびこ」で東京駅を出発。古川駅で在来線に乗り換え、小牛田(こごた)駅で下車。降りたホームの反対側に待機していた列車は、一ノ関行きでした。駅員さんに尋ねました。「女川へ行きたいのですが」
 「4番線です」
 即答です。迷うことなく返ってくる答え。嬉しくなります。
 4番線ホームで見上げた電光掲示板には『女川』の2文字。
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待っていたのは2両編成の石巻線の列車。4年の月日を経て、15年3月、石巻線は終着の女川駅までつながり、全線復旧したのです。
 クリームとグリーンのツートンカラーの列車に乗り込みます。
 車内アナウンスにも聞き惚れてしまいます。「今日もJR東日本をご利用いただき、ありがとうございます。この列車は女川行きです」
 無人駅に着くと、「女川行きワンマンカーです。1両目の後ろのドアボタンを押してお乗りになり、整理券をお取りください」。
 石巻線は単線です。1本の鉄路をたどっていきます。
 
 JRが全線復旧へ動き出した時、町でこんな声も聞きました。「BRTにすれば、避難道路がもう1本出来たのに」。BRTは「バス高速輸送システム」の略称です。専用道路をバスが走ります。原子力発電所がある女川町では、万一の時、今は国道398号が頼みの綱。そこで「もう1本」と願うのです。
 女川駅の乗車人数は減り続けています。09年度は1日平均325人で、10年度は314人。とはいえ、鉄道は町の高校生にとって大事な通学の足です。
 
 石巻駅を過ぎ、万石浦(まんごくうら)へ出ます。
 列車は海沿いを行きます。
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 女川駅のひとつ手前、浦宿駅へ滑り込む列車です。
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 防潮堤をはさんだ左手は万石浦。あまりの近さに驚かされます。震災前と同じ位置です。万石浦へ押し寄せた津波は鉄路に届かなかったので、位置は変えず、地震で地盤沈下した分の土を盛って、レールを敷き直しています。
 当時、浦宿駅前の国道398号にも波は流れ込みました。それは、万石浦ではなく、約2.5キロ東の女川港から押し寄せたのです。
 
 列車は浦宿駅を出発し、いよいよ女川駅へ。国道398号を見下ろす高架線へ向かいます。4年ぶりに列車を乗せる線路です。
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 国道を過ぎると、小さなトンネルへ入ります。ここも4年ぶりにくぐります。
 運転席前方の窓の先にぽつんと小さな光。
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 光がぐんぐんと大きくなり、出口です。
 真新しい砂利に敷かれた線路が伸びています。線路脇には重機。造成工事が続いています。
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 女川港一帯の津波は標高約20メートルまで達しました。20メートルというのは、6階建てビルほどの高さです。平屋の駅舎へ押し寄せ、列車を押し流しました。
 町は震災後、海岸沿いに高々と防潮堤を築くのではなく、一帯に土を盛って街の地面そのものを高くすることにしました。
 前方に見えるのは、新築した3階建ての駅舎です。
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 改札口は1階。2階に女川温泉「ゆぽっぽ」があり、3階は展望デッキ。駅舎は水鳥をイメージして設計されました。空から見下ろせば、広げた両翼が駅舎の白い屋根で、伸ばした首がホームです。
 
 駅周辺は高さ7メートル前後まで土を盛りました。女川港そばの堀切山の中腹から望んだ駅周辺の写真を、土盛り前のものと並べます。
 左端、駅後方のカマボコ型の総合体育館と、更地の右端、基礎部分を手前に向けて倒れている女川交番を目印に、比べてみてください。
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 駅周辺を歩きます。真新しいアスファルトに真っ白な線。標識も下水管のふたも新品。さえぎるものがないためか、どこまでも潮風がついてきます。
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 この日、ぜひとも訪ねたい場所がありました。山のふもとの路地です。
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 この2年近く、駅周辺の工事のため、立ち入り禁止になっていました。立ち入りが出来なくなるその日まで何度も歩いた小路です。もう一度、あの路地の風を感じたい。ずっと心待ちにしていました。
 
 その日まで、路地の近くでは、小さなこいのぼりが、風の中を元気よく泳いでいました。
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​ 床屋さんの長女が、あの日から帰って来ない3歳の坊やのために置いたものです。そこには長女の家族7人の住まいがありました。
 
 どのあたりだったのか。
 真新しい大地で私には見分けられませんでした。
 
 あの日から、長女は娘と2人で、夫と息子の帰りを待ちました。
 私が初めて長女に会ったのは8カ月後でした。笑顔で言葉を交わしてくれました。
 別れ際、坊やの名前を記事に書いてもいいですか、と尋ねた時です。さっと顔色が変わり、低い声で一言返ってきました。
 「書かないで」
 胸をつかれました。
 
 のちに、おっ母から教わりました。
 おっ母も、つい、坊やの名前を口にしてしまったことがあります。長女は人差し指を唇にあてました。「言わないで」。声に出さずに伝えます。
 長女が次女の家族と過ごしていた時のことでした。次女の幼子はあちこち歩き回ります。あぶない、と注意しかけた長女の口から出たのは、坊やの名。長女はハッと口をおさえ、次女たちをその場に残し、すっと離れました。
 
 親類の求めもあって葬儀は終えましたが、長女は写真を置いていません。名前を口にすれば、写真を目にすれば、崩れ落ちてしまうのでしょう。
 笑顔の奥に押し込めている涙を思います。
 
 床屋さん夫妻は、長女と孫娘の日常を見守ってきました。
 三度の食事のたび、お位牌の周りに食器を並べます。長女が留守の時は、孫娘が取り分けます。おやつの時も。アイスクリームも「あげてくるね」と、孫娘は自分の口へ運ぶ前に、弟である坊やの分を思うのです。
 長女たちの留守中は、おっ母が代役を担います。14年1月のことです。おっ母は、お皿を並べながら、小さなお年玉袋に気づきました。坊やのために次女が置いたのかと手に取ると、4文字が目に飛び込みました。
 「ママより」
 
 おっ母も、立ち入り禁止になる前に、路地を歩きました。
 春先、草むらとなった路地で、黄色い水仙の花一輪を見つけました。
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 長女の夫の祖母、孫娘にとっては曾祖母が大事に育てていた水仙です。
 
 15年3月最後の土曜日。
 路地跡を探すのはあきらめ、私は床屋さんの仮店舗へ足を運びました。入り口で、小さいながらも、たくましく咲き誇る黄色い水仙が待っていました。
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    Author

    小野智美(おの さとみ)
    朝日新聞社員。1965年名古屋市生まれ。88年、早稲田大学第一文学部を卒業後、朝日新聞社に入社。静岡支局、長野支局、政治部、アエラ編集部などを経て、2005年に新潟総局、07年に佐渡支局。08年から東京本社。2011年9月から2014年8月まで仙台総局。宮城県女川町などを担当。現在、東京本社世論調査室員。


    ​*著書

    小野智美『50とよばれたトキ──飼育員たちとの日々』(羽鳥書店、2012年)
    小野智美編『女川一中生の句 あの日から』(羽鳥書店、2012年)
    『石巻だより』(合本)通巻1-12号(2016年)

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