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​​東日本大震災(2011年3月11日)の震源地に最も近かった宮城県の牡鹿(おしか)半島。その付け根に位置する女川町を中心に、半島一帯を取材してまわる記者の出会いの日々を綴ります。老親の帰りを待つ人がいます。幼子の帰りを待つ人がいます。ここに暮らす人々の思いに少しでも近づけますように。──小野智美

第39便 床屋さん夫婦と<7> いつも隣に

10/15/2015

 

 仮設住宅の玄関ドアを開けると、すぐ横は流し台です。おっ母がタラを手際よくさばいていました。2013年末のことでした。
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​ 拙宅にある包丁は1本だけですが、流し台には2本も。おっ母の手にはブラシのような1本まで。それは何でしょう。「うろこをとるのよ」
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 そして、コンロの上にメカブ。ゆでる前の姿も見せていただきます。
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 おっ母は料理の手間を惜しみません。おっ父の晩酌のおつまみは、大根おろしとシラスをのせたメカブ。一緒にご馳走になります。やさしい味でした。
 
 床屋さんの仮住まいは、町運動公園の野球場にある重層の仮設住宅でした。町の仮設住宅1285戸の中で野球場の189戸の完成は最後でした。約8カ月間、カマボコ型の総合体育館で避難所生活を送り、隣の仮設住宅へ移りました。
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 部屋は2階でした。3階の真上の部屋に長女と孫娘が入りました。
 その時、孫娘は小学4年生。10歳でした。生まれてからずっと父方の祖父母と暮らしていました。母方の祖父母とすぐには打ち解けられません。
 おっ母は、毎晩のように手料理を持って階段を上りました。
 
 1年が過ぎる頃。
 孫娘は、コタツで寝入りそうなおっ父に、こう言うようになりました。
 「おっ父、着どころ寝しちゃ(服を着たまま寝ては)だめだよ」
 おっ母の口まねです。おっ父にはそれが可愛くて嬉しくてたまりません。
 
 仮設住宅を出たらどこで暮らすか、長女は誰にも相談しません。おっ母は、長女の留守中、孫娘に持ちかけました。「ママがどこに申し込んだか、おっ母にこっそり教えてね。近くに住むから」。孫娘は「うん、いいよ。そうしたら、夜、会えるもんね」。その最後の言葉は、おっ母を喜ばせました。
 
 家を失った人々のため、災害公営住宅第1号が、JR女川駅後方の高台、町運動公園の陸上競技場に建てられました。写真中央のマンション全8棟です。2Kから4LDKまで合計200戸。
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 右手前は、多目的運動場に立ち並ぶ仮設住宅154戸です。左手にカマボコ型の総合体育館があり、野球場の仮設住宅もすぐそばです。
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 長女はその第1号の2LDKに申し込みました。広さは60平方メートル。床屋さん夫妻も申し込みます。2LDK65戸に81世帯が申し込みました。倍率は1・25倍。抽選会が2回に分けて開かれました。
 
 初回は入居世帯を決めます。
 おっ父はお店に残り、おっ母が会場へ。順番は長女より先です。
 祈ります。自分たちも長女も当選しますように。
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  抽選器を回します。自分たちの当選を確認して、小さくガッツポーズ。
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 長女の番です。おっ母は会場後方で手を合わせて見守ります。
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 当選です。おっ母は小さく拍手します。
 長女は表情を変えません。満面笑みのおっ母へ近づくと、眉間にしわを寄せて「外れた人もいるんだから」とささやきました。
 
 いざ引っ越しとなれば、仮設住宅を出られない人たちへの気兼ねも生じるでしょう。初めてのマンション生活で気苦労もあるでしょう。
 「でも生きていくぞ」
 この日の夕方、夫妻は声を合わせました。
 
 2週間後に2回目の抽選会です。
 今度は部屋を決めます。長女は出席できず、おっ母に託しました。希望したのは、仮住まい同様、上下の部屋です。
 まずは部屋を選ぶ順番を決める抽選です。
 おっ母は2度に分けて抽選器を回します。
 長女は22番目に部屋を選べることに。
 そして、おっ母は23番目。奇跡です。
 
 さて、どの部屋がいいだろう。
 悩んでいた時、助け舟を出してくれたのは、床屋さんの仮店舗の地主さんでした。町職員として会場に詰めていたのです。
 「なに迷っているの。隣が空いているでしょ」。おっ母が「娘は『上下がいい』と言って」と話すと、事情を熟知する地主さんは語気を強めて返しました。
 「隣のほうが絶対いいから。『上下は空いてなかった』って言えばいいから」
 
 14年春、公営住宅へ引っ越しました。
 荷物が片付くまで、長女と孫娘は隣で寝泊まりしました。
 4人で食卓を囲みます。
 「朝は何をかせっかな(食べさせるかな)」とおっ母は張り切りました。長女は、ネギをたっぷり入れた緑色の卵焼きを作ります。それが孫娘の好物と知り、おっ母も作るようになりました。
 孫娘が「ああいうの、好き」と話すのに耳をそばだてます。魚が大好き。好きなおやつはコウナゴ。
 おっ母はミンククジラも食卓に出してみました。「これも魚?」と問われ、「そうだよ」と涼しい顔。「おいしい」と喜ぶ孫娘の横で、長女はいぶかしげな表情を見せます。
 孫娘が長女と泊りがけで出かけると、おっ母はこぼします。「おかずを作らなくて済むと思いながら、1日いないばかりでさびしい。あー、さびしー」
 
 その春、孫娘は中学生になりました。
 入学式の後、集合写真の撮影。孫娘は友だちと並びます。長女はその後ろへ。
 友だちが笑い出しました。つられるように孫娘も。撮り直します。
 孫娘が笑いをこらえて口元をおさえます。また撮り直しです。
 長女が顔をしかめて注意します。ところが、カメラへ向き直ると、今度は自分が吹き出してしまい、撮り直しに。 長女は笑い上戸なのです。
 
 公営住宅のベランダでミニトマトが実をつけました。
 おっ母が初物2個をスプーンにのせて差し出すと、孫娘は1個だけ口に。1個は辞退して「おっ母も味見らいん」。
 
 長女と出かける時、仮設住宅では素通りしていた孫娘が、公営住宅では「おっ母、行かねえの」と隣へ声をかけてくれます。「誘わなくてもいいの」と渋る長女には構わず、おっ母は喜んで付いて行きます。
 3人で石巻市の回転寿司へ。食事中、孫娘はぽつりと「おっ父も、こういうの、食べられたのに」と漏らします。留守番のおっ父が気にかかるのです。「おみや、あるべちゃ」と答えながら、その気遣いはおっ母を喜ばせます。
 
 お店の定休日に中学校も休みと知れば、夫妻は絶対に予定を入れません。声がかかったら、いつでも一緒に行けるように。
 
 夏が来ました。
 長女がハンドルを握り、4人で温泉旅行へ出かけました。
 道中、助手席の孫娘が、「ママ」と長女に話しかけました。
 「こういうのを家族旅行って言うの?」「そうだよ」
 後部座席の夫妻は息をのみました。
 後日、夫妻は、おおいに沸きました。
 「聞いた?」「聞いた、聞いた」
 「家族旅行って言ってたね」「言ってた、言ってた」。
 
 秋になりました。
 孫娘が中学校の部活で出かける朝のことです。
 玄関から顔を見せ、元気な声を響かせました。
 「行って来っからね」
 隣同士になってから初めての朝のあいさつです。
 それまでは立ち寄ることなく出かけていました。
 気になっていました。
 でも、口に出せませんでした。
 この朝の喜びは格別です。
 午後、仮店舗で休憩中にまた思い出します。おっ母は「うれしー。うんとうれしい」と繰り返し、おっ父は目頭をぬぐっていました。
 
 支えになりたい。夫妻はそう願ってきました。
 まだ気掛かりはあります。孫娘は「パパっ子」でした。その子から「パパ」という言葉が出ないのです。声に出来ないほど悲痛は深いのでしょう。その悲しみが癒えるまで、ずっと、いつまでも隣にいたい。そう願うのです。

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    Author

    小野智美(おの さとみ)
    朝日新聞社員。1965年名古屋市生まれ。88年、早稲田大学第一文学部を卒業後、朝日新聞社に入社。静岡支局、長野支局、政治部、アエラ編集部などを経て、2005年に新潟総局、07年に佐渡支局。08年から東京本社。2011年9月から2014年8月まで仙台総局。宮城県女川町などを担当。現在、東京本社世論調査室員。


    ​*著書

    小野智美『50とよばれたトキ──飼育員たちとの日々』(羽鳥書店、2012年)
    小野智美編『女川一中生の句 あの日から』(羽鳥書店、2012年)
    『石巻だより』(合本)通巻1-12号(2016年)

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