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​​東日本大震災(2011年3月11日)の震源地に最も近かった宮城県の牡鹿(おしか)半島。その付け根に位置する女川町を中心に、半島一帯を取材してまわる記者の出会いの日々を綴ります。老親の帰りを待つ人がいます。幼子の帰りを待つ人がいます。ここに暮らす人々の思いに少しでも近づけますように。──小野智美

第41便 祐子さんの家族<5> 母と娘

1/11/2016

 

 小春日和の昼下がり。
 訪ねてきた私を見るなり、祐子さんのお母さんは明るい声を上げました。
 「あらぁ、裸みだいな格好して」
 え、裸? この言葉を初めて耳にした時はあわてました。
 女川や石巻でよく使われる、薄着をたしなめる表現です。
 「私は、ほらぁ」
 ご自分の首元に手をあてます。
 重ね着した襟を一つずつ引き出しながら「さまざまなものを着ているのよ」。
 語り口はユーモアたっぷり。
 お母さんは難病を患うため伏せがちですが、小康を保つ日は笑顔で迎えてくださいます。
 
 男兄弟の中で育ちました。
 同じく女川町で生まれ育ったお父さんと1962年に結婚。
 サケマス漁に携わるお父さんは、米国アラスカ沖まで出漁し、3カ月は留守にします。
 お父さんの留守中も、お母さんは町内の水産加工場で働きます。
 その間、おばあさんが孫娘の面倒を見ます。お母さんの母親です。一緒に暮らしていました。息子より娘が一番と、おばあさんはお母さんを手放しませんでした。

 祐子さんは2人姉妹の姉です。
 幼い姉妹のいたずらを叱る時、おばあさんは必ずこう言うのでした。
 「お父さんな命懸けで船さ乗っているんだど。そういうことしちゃだめなんだ。よく考えろ」
 夜、祖母と母と幼い姉妹は枕を並べて寝ました。
 
 幼稚園に通い始めた祐子さんは、近くの神社を通りかかると、手を合わせるようになりました。「なんで拝むの」とおばあさんが尋ねると、「おばあさんさ、いつまでも生きるようにって拝むんだ」。
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 小学校の遠足での出来事です。
 100円玉を二つ手にして出かけました。帰ってくると、しょげかえっています。一つ落としてしまいました。級友がそれを拾いましたが、自分のだと言いかねたそうです。
 おばあさんの好物、シソ入りの落雁だけを買って帰ってきました。
 「私には何にもねえ」とお母さんは思い出して笑います。
 
 親類一同から「祐子は、お父さんとお母さんさ、ご飯を食べさせる人」と言い含められてきました。「なんで」と口をとがらす祐子さんに、お母さんも「そうして生まれたんだから。私、どこまぁでも、あんださ、ついていくんだからぁ」と話していました。
 
 女川第一中学校から石巻女子高校(現在の石巻好文館高校)へ進みます。難関の女子高です。
 誇らしかったでしょうとお母さんに尋ねれば、「誇りも誇り。おっきな誇りだぁ」。
 
 それから祐子さんは猛勉強を始めます。
 夏休み中も毎朝6時すぎに家を出て高校へ。
 大学受験をめざします。
 ところが、おばあさんが大反対しました。
 「女が大学さ入って何すんのや。大学さ入れたら戻ってこねぇんだから、放したらだめだ」
 祐子さんは懇願し、高校の先生もお母さんに訴えました。
 「国立大学で大丈夫です。心配ないですから。もったいないです」
 でも、おばあさんの反対は押し切れませんでした。
 高校卒業後の1982年、祐子さんは七十七銀行に入行しました。
 
 その後。
 おばあさんは90歳の冬、大相撲のテレビ中継を最後まで楽しんでから1週間ほど寝込み、家で息を引き取りました。
 家族みんなで看取りました。
 
 祐子さんは結婚して家を離れましたが、長男の出産を機に、ご主人と戻ってきました。
 銀行勤めを続ける祐子さんに代わり、お母さんが長男の面倒を見ます。
 次に生まれた長女も。漁をやめたお父さんも手伝います。
 長女は、お父さんの背中のぬくもりがなければ寝付きません。
 2歳の頃まで毎晩、お父さんが長女をおぶいました。
 その頃のご両親と長男と長女の写真です。
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​ 航空自衛官のご主人が三沢基地へ転勤になると、祐子さんは銀行を辞め、ご主人の元へ子どもを連れて行きました。ご両親は2人きりに。
 当時を振り返るお母さんの声はふるえます。
 「ホヤの身、抜かれたようになったっちゃ。泣いてばりいたよ」
 5年後、ご主人が再び松島基地勤務になります。
 また6人で囲む食卓。長男と長女は小学生です。
 祐子さんはパートで銀行勤務を再開する一方、家事もこなします。
 家族の誕生日や節句には、かんぴょうやシイタケを甘く煮て、錦糸たまごや花でんぶも添え、ちらしずしを作りました。
 「年寄りはちょっとでいい」とお母さんが口をはさんでも、祐子さんは「そんなこと言わないの」と銘々の皿に同じ量を盛りつけます。
 笑いの絶えない家庭でした。
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 祐子さんのお母さんが風邪で寝込んだ時のことです。
 小学生の長女が、おかゆの器を手に、張り切って枕元へやってきました。
 「おばあさん、『あーん』して」
 小学生の長男も顔をのぞかせます。
 「おばあさん、だいじょうぶう?」
 
 アルバムをめくると、祐子さんの好きな色がわかります。
 全身ピンク色の長女をご覧ください。
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​ 2015年春。私は祐子さんのご主人から、こんなメールを頂きました。
 
 本当はちゃんと飾りたかったのですが、おばあさんが嫌がるので、防虫剤の入れ替えを理由に4年ぶりに雛人形を出してみました。大好きだった雛人形 妻も喜んでいるかも
 
 ご主人が「おばあさん」と呼ぶのは、祐子さんのお母さんのことです。
 第19便でお伝えした通り、祐子さんは毎年、七段飾りの雛人形を長く飾って楽しみました。
 あの日の朝。お母さんは、雛人形をいつ片付けるのか尋ねました。
 「14日、休みとるから。14日に片付けっから」
 祐子さんはそう言い残して、出勤しました。
 そして――。勤務先の七十七銀行女川支店で流されました。
 後日、雛人形は、ご主人とご両親で片付けました。
 以来、目にするのもつらかった雛人形を、15年春、ご主人は手に取りました。
 でも、それを飾るのは、お母さんには今も耐えられないことなのです。
 
 母のまぶたには娘のあの日の姿が焼き付いています。
 黒のパンツ、キャメルカラーのハーフコートに、ショートブーツ。
 47歳の娘の行方は今もわかりません。

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    Author

    小野智美(おの さとみ)
    朝日新聞社員。1965年名古屋市生まれ。88年、早稲田大学第一文学部を卒業後、朝日新聞社に入社。静岡支局、長野支局、政治部、アエラ編集部などを経て、2005年に新潟総局、07年に佐渡支局。08年から東京本社。2011年9月から2014年8月まで仙台総局。宮城県女川町などを担当。現在、東京本社世論調査室員。


    ​*著書

    小野智美『50とよばれたトキ──飼育員たちとの日々』(羽鳥書店、2012年)
    小野智美編『女川一中生の句 あの日から』(羽鳥書店、2012年)
    『石巻だより』(合本)通巻1-12号(2016年)

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