羽鳥書店 Web連載&記事
  • HOME
    • ハトリショテンだより >
      • 近刊新刊 案内
      • 図書目録
    • 人文学の遠めがね
    • 憲法学の虫眼鏡
    • 女川だより
    • 石巻だより
    • バンクーバー日記
  • 李公麟「五馬図」
  • ABOUT
  • OFFICIAL SITE
  • HOME
    • ハトリショテンだより >
      • 近刊新刊 案内
      • 図書目録
    • 人文学の遠めがね
    • 憲法学の虫眼鏡
    • 女川だより
    • 石巻だより
    • バンクーバー日記
  • 李公麟「五馬図」
  • ABOUT
  • OFFICIAL SITE
画像
​​東日本大震災(2011年3月11日)の震源地に最も近かった宮城県の牡鹿(おしか)半島。その付け根に位置する女川町を中心に、半島一帯を取材してまわる記者の出会いの日々を綴ります。老親の帰りを待つ人がいます。幼子の帰りを待つ人がいます。ここに暮らす人々の思いに少しでも近づけますように。──小野智美

第6便 花屋さん一家と<2> ゼラニウム

12/17/2012

 

  こちらの写真は、私の部屋にあるゼラニウムの鉢植えです。これは、育ての親、花屋の千秋さんにはちょっとお見せできない写真です。 
画像

 昨年暮れ、千秋さんのお店で買った時は、とても青々とした葉でした。ところが、この夏、日焼けしたのか、しみだらけの葉に変身してしまったのです。もうひとつ買っておいた観葉植物は夏の間に枯れてしまったので、このゼラニウムを枯らすことはできません。
 
 この赤い花を見るたび、買い物した時の千秋さんの笑顔を思い出し、うれしくなります。
 
 昨年9月、牡鹿半島を担当することになり、私は半島近くにアパートを探しました。ですが、被災者の方々でさえお住まいがない時に転勤者の部屋が見つかるはずがありません。まずは仙台市郊外の部屋を借りて取材を始めました。
 
 3カ月後、東松島市の津波をかぶったアパートの修理が終わり、こちらへ移り住みました。窓の向こうには青空が広がっています。5年前に勤務した新潟県の佐渡島は、日本海側の気候の特徴で冬は曇天つづきでしたが、ここ太平洋側は、ちがいます。青い空に励まされます。
 
 窓辺に鉢植えを置こうと千秋さんのお店を訪ねました。コンテナを利用した店内の壁には棚も据え付けられ、小さな鉢植えが並んでいます。おすすめはどれですか。そう相談すると、シュガーパインという観葉植物を選んでくれました。じゃあ、それを。丁寧に包みながら、千秋さんは笑顔で一言。
 
 「さびしくなっちゃうわ、娘をおヨメに出す気分よ」
 
 まあ、うれしい。千秋さん、少し冗談が言えるようになったのですね。よかった。本当によかった。
 
 お店を初めて訪ねたのは昨年9月でした。目が合った瞬間、会釈してくれましたが、すぐに視線をそらし、遠くを見つめるのでした。
 
 「私には何も聞かないで」
 
 千秋さんの表情はそう語っていました。そののち、彼女と同じ遠い目をした人々との出会いを重ね、それは大切な人を捜し続ける表情であることを知ります。
 
 彼女にかわって、最初に、長男のおヨメさんが教えてくれました。千秋さんがお父さんの帰りを待っていることを。
 
 お父さんは船をもっていました。あの日、津波から船を守るため、ひとりで船に乗り込み、女川港から沖へ向かい、それきり、帰って来ませんでした。
 
 千秋さんには3人の子がいます。末っ子は伶奈さん。3人の子の中でただひとりの女の子です。彼女がさらに詳しく教えてくれました。
画像

 当時、伶奈さんは埼玉県の大学に通っていました。地震の5日後、女川町へ戻り、母に会い、祖父が行方不明だと聞かされました。その日から母娘は同じ布団にくるまって寝ました。伶奈さんは母の寂しさを思いやっていました。
 
 それより前に、祖母を亡くし、叔母も亡くして、悲しみに沈んでいた母の姿をよく覚えていました。ひとり娘になった母が、祖父の身のまわりの世話に心を砕いていたことも、よく分かっていました。
 
 時折、声を上げて号泣する千秋さんを、伶奈さんはいつも黙って見守っていました。
 
 昨年5月、「花屋ができればなぁ……」という母に、娘は「じゃあ、一緒にやろうよ」と答えました。伶奈さんは母のそばにいることを決め、大学を中退し、町へ帰ってきました。7月、コンテナのお店で花屋を再開しました。
 
 町人口の1割近い人々が津波の犠牲になった女川町。その割合は、東北3県の被災市町村の中で最大でした。その事実の重みを、町の花屋さんも日々、実感するのです。
 
 お客さんの多くは顔見知りです。誰のための花を買いに来たのか、わかります。葬儀の花も用意します。家族7人の遺影が並べられた祭壇にも花を届けました。
 
 昨年10月、千秋さんが私にも少し語ってくれるようになりました。
 「いままでは私からお客さんに話しかけることはできなかったの。でも、このごろ、話しかけられるようになってね」
 ゆっくりと言葉を紡ぎ出します。
 
 「大丈夫? と聞くの。大丈夫よと返ってくる人はいいんだけどね。ん……と言う人はまだつらいの。そういう人は、商店街の出口まで一緒に歩いて見送るの。ご飯ちゃんと食べてねと声をかけるの」
 
 そう言ってから、また遠くへ目を向け、千秋さんはこうつぶやきました。
 「つらいわ。本当につらいわ」
 遠くを見つめる目がみるみる潤んでいきました。

コメントの受け付けは終了しました。

    Author

    小野智美(おの さとみ)
    朝日新聞社員。1965年名古屋市生まれ。88年、早稲田大学第一文学部を卒業後、朝日新聞社に入社。静岡支局、長野支局、政治部、アエラ編集部などを経て、2005年に新潟総局、07年に佐渡支局。08年から東京本社。2011年9月から2014年8月まで仙台総局。宮城県女川町などを担当。現在、東京本社世論調査室員。


    ​*著書

    小野智美『50とよばれたトキ──飼育員たちとの日々』(羽鳥書店、2012年)
    小野智美編『女川一中生の句 あの日から』(羽鳥書店、2012年)
    『石巻だより』(合本)通巻1-12号(2016年)

    Archives

    3月 2019
    12月 2018
    8月 2018
    7月 2018
    1月 2018
    11月 2017
    10月 2017
    9月 2017
    8月 2017
    7月 2017
    6月 2017
    5月 2017
    4月 2017
    3月 2017
    1月 2017
    12月 2016
    4月 2016
    3月 2016
    2月 2016
    1月 2016
    12月 2015
    10月 2015
    9月 2015
    8月 2015
    9月 2014
    8月 2014
    7月 2014
    5月 2014
    4月 2014
    3月 2014
    1月 2014
    12月 2013
    11月 2013
    10月 2013
    9月 2013
    8月 2013
    7月 2013
    6月 2013
    5月 2013
    4月 2013
    3月 2013
    2月 2013
    1月 2013
    12月 2012
    11月 2012
    10月 2012

    Categories

    すべて
    花屋さん一家と
    漁師さん親子と
    健太さんの家族
    女川だより 目次
    床屋さん夫婦と
    美智子さん姉妹
    祐子さんの家族

    RSSフィード

Copyright © 羽鳥書店. All Rights Reserved.